山脇啓造
多文化共生社会の形成に関連する平成時代の10大ニュースを選びました。
1989年12月に改正入管法が成立し、1990年6月に施行されました。「定住者」等の10種類の在留資格が新設され、南米系日系人労働者の受け入れと定住化が東海地方を中心に進みました。その結果、1990年代を通じて、多言語による情報提供や相談窓口を設置する自治体が増えていきましたが、外国人の集住する地域におけるトラブルも起こりました。
南米系日系人労働者の多い東海地方と群馬県の13市町が集まり、外国人集住都市会議を設立しました。初代座長都市は浜松市が務め、2001年10月の首長会議で、日本人住民と外国人住民が共生する都市づくりを目指すことを宣言するとともに、外国人の定住化を前提とした体制整備を国に求める「浜松宣言及び提言」を発表しました。
日本経済団体連合会(経団連)が、経済団体として初めて外国人受け入れに関する政策提言をとりまとめました。「多様性のダイナミズム」を活かすための「総合的な受け入れ施策」を提案しました。「外国人受け入れに関する基本法」の制定や「外国人庁」あるいは「多文化共生庁」の設立についての検討が含まれています。
2005年度、総務省が国としては初めて多文化共生に関する研究会を立ち上げ、その報告書に基づき、「地域における多文化共生推進プラン」を策定しました。それ以降、同プランに基づき、全国の都道府県や政令市の多くが、コミュニケーション支援、生活支援、多文化共生の地域づくりの三本柱からなる多文化共生推進プランを策定しました。
政府は「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」を策定しました。「我が国としても、日本で働き、また、生活する外国人について、その処遇、生活環境等について一定の責任を負うべきものであり、社会の一員として日本人と同様の公共サービスを享受し生活できるような環境を整備しなければならない」という認識を初めて示しました。
新たな在留管理制度を導入する改正出入国管理難民認定法と外国人も住民基本台帳の対象とする改正住民基本台帳法が、2019年7月に成立しました。同時に外国人登録制度は廃止となりました。外国人も住民基本台帳の対象とすることは、多文化共生社会に向けた戦後最大の改革と言えます。なお、新制度は2012年7月に施行されました。
政府は日系定住外国人施策に関する基本指針を策定しました。定住外国人に関する初めての国の指針であり、日系人を日本社会の一員として受け入れ、社会から排除されないようにするための施策を国の責任と示した点は画期的ですが、これ以降、国の取り組みは外国人全体ではなく、日系人中心となってしまいました。
多文化共生を進める日韓の自治体と欧州評議会が進める「インターカルチュラル・シティ」の会員である欧州自治体の首長が一堂に会する多文化共生都市サミットが、国際交流基金と欧州評議会の共催で、東京で開かれました。日本から浜松市長、新宿区長、太田区長が参加しました。多様性を都市の活力の源泉とすることを謳った「東京宣言」が採択されました。
2006年3月に「地域における多文化共生推進プラン」を策定した総務省が、それからの10年余りを振り返り、「多文化共生事例集-多文化共生推進プランから10年 共に拓く地域の未来」を作成しました。多文化共生に資する全国の優良な取り組みとして52事例をまとめ、「地域活性化やグローバル化への貢献」という分野を新設しました。
2018年12月に改正入管法が成立し、2019年4月から新たな外国人労働者の受入れ制度が始まることを受けて、政府は126施策からなる「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を策定しました。「共生」を謳っていますが、大半の施策が外国人の生活・就労支援策で、受け入れ社会の意識づくりに関する施策は含まれていません。