多文化共創コミュニティと気づき愛
川村 千鶴子(大東文化大学名誉教授・多文化社会研究会理事長)
~亀は、国境も国籍も身分証明もいらない~
2021年1月20日、民主主義を強調したバイデン大統領の就任演説をどのように受け止められましたか?国際協調を修復する強い意思が伝わってきました。また報道官の「真実と透明性」の強調もよかったですね。パンデミックの最中、グローバル資本主義社会のひずみを問い直し、新しい時代の幸福(ウェルビーイング)をご一緒に考え、国も共創社会へのビジョンを国内外に明確にすることが重要です。在住外国人も、単に支援される受け身姿勢ではなく、自立した実質的市民として協働・共創することが大切です。多文化共創社会の実現につながり、社会にどう定着していくのかという社会統合政策の基盤となるからです。
本連載コラムは、持続可能な多⽂化共創社会の実現をライフサイクルに沿ってご紹介します。⼤海原を渡る⻲に国境はありませんが、私たち⼈間にとって国境・国籍や身分証明は時に重要な意味を持ちます。コラムの出発にあたり、国籍も国境もない"亀たち"の率直な問いかけから、国や自治体の連携や多文化共創コミュニティの内発性について考えてみましょう。多文化共創の大海原への旅をどのような旅にするか、それは、私たち一人一人にかかっています。
Q:「多文化」とは何ですか。
A:「多文化」とは「差異の承認」です。文化には優劣がありません。日本人の多様性にも光を当て、単に文化的多様性の尊重だけでなく、身体的条件、社会階級、ジェンダー、LGBTQ、高齢者、移民・難民など多様性を広く捉えています。留学生、技能実習生、特定技能外国人、移民家族、難民、無国籍者など多様な人々との「気づき愛」(Global Awareness)の社会の構築に光を当ててみると社会統合政策とは、決して同化政策ではなく、様々な個々人が社会に定着するにあたり、多様性が持つ可能性を大切にする政策だと言うことが分かってきます。外国人を単に支援の対象である「客体」と捉えるのではなく、自立し責任ある実質的市民となり得る「主体」であると考えます。人間の安全保障を基礎とする多文化共創社会の実現が、誰にとっても幸福度の高い社会統合政策の鍵を握ります。
Q:コラムを執筆される「多文化研」とはどのようなグループですか。
A:多文化研は、多文化共創のフロンティアです。80年代から自主的勉強会Global Awarenessを毎月、開いてきました。在日コリアン、中国残留孤児、非正規労働者、非正規滞在者、難民申請者、無国籍者の人権に照射し、国際法と国内法への理解を深めました。入管法改正が行われた1989年に「多文化社会研究会(通称Tabunkaken)」となりました。行政サービスが十分届かない人々や遠隔地の人々も視野に入れ、SDGs(持続可能な開発目標)の主眼とも合致しています。異論・反論を歓迎し、領域横断型の勉強会が長続きの秘訣です。
Q:多文化研にはどのような方々が参加していますか。
A:留学生・移民・難民・無国籍者などの当事者と学際的な研究者(経営学、経済学、法律、医療・介護、メディア論、人類学)、NPO・NGO、ジャーナリスト、政治家・公務員、学生、作家、企業経営者、夜間中学・日本語学校の教員など多様な方々です。18歳から95歳まで年齢層も広く、国際結婚と海外在住者も多く、自由闊達に議論し多文化共創フォーラムを主催して32年間が経過しました。自ら問題を発見し、内発的な共創的課題解決力を身につけ、多くの出版物を通して発信しています。少子高齢化による経済社会構造の変容とコロナ禍と経済の衰退期にあって、多様性が共創価値を創出することを日本の政治や行政に携わる方々も感じていただきたいと思います。ご高覧ください。⇒ https://tabunkaken.com/
Q:このコラムが主眼とすることを教えてください。
A:自治体と外国人材と企業と地域が信頼関係を培い、幸福度の高い気づき愛(Global Awareness)の連鎖を起こすには、多文化共創型コミュニティを支えるキーパーソンが必要です。また企業内部も多文化共創型理念が必要です。日本の人々との協働の歴史は、母国に帰った外国人によって子々孫々、伝えられることになります。持続可能な開発目標とは、ウェルビーイングの連鎖から実現できるのです。異種混淆性を内在化するマルチエスニックな多文化化の流れは、不可逆的な社会現象です。企業理念も「競争」から「共創」に変化していますね。
Q:国に対して提言がありますか?
A:ぜひとも多文化共創の有効性に精通していただきたいです。多様性と包摂性といった価値観が主流となりつつある国際社会で日本が発信力をもつためには、まずは、多文化社会の基礎的なデータをとり、法整備やインフラ整備に取り組むことが重要です。トランスナショナルな文化の流動性とともに、人と人とをつなぐ接触領域を細やかに可視化していくと、課題が見えてくる一方で、企業活動に付加価値を与えて原動力になっていることも分かります。世代間や文化間の葛藤や戸惑いを内包しつつも、日本人と外国人という二項対立を超える多様性の相乗効果と信頼を発見できます。
Q:パンデミックによるさらなる格差の広がりを感じますが、具体的には、どうしたら社会の分断を防ぎ、経済の発展もできるのでしょうか。
A:貧富・社会階層・民族の格差、障害の有無、国籍の有無などによる格差から社会の分断が起ります。社会の分断を防ぐには、まずは対話による親密な関係性を築いていく多文化共創の居場所の創造が必要です。人のライフサイクルに寄り添うことによって、妊娠・出産から始まり、健康格差、世代間の価値観の違い、次世代への文化の継承、移民の世代交代への流れも明らかになります。長期的展望を得られます。多文化意識が変容するように、一世代では終わらない移民1.5世、2世、3世、4世への世代間サイクルも視野にいれましょう。長期的展望によって、共創のコストは経済活性化の投資であることにも気づきます。
Q:国や自治体の政策立案にもライフサイクルの視座が必要なのですね。
A:第1に、ライフサイクルの視座は、一人一人の個としてのアイデンティティを可視化することができるからです。自治体や国は、共生コストがどの程度かかり、共生によるエネルギーが次世代にどのように活かされるのかを把握することができます。国や自治体は、多文化共生政策の根拠を明確にし、コストのかかる政策に説得力ある施策を展開することができます。さらに生産労働人口の激減を対症療法的に考えるのではなく、就労者の人権、国際法や国内法を理解し、地域の伝統や地域特性をより良く活かすことに繋がります。
第2は、ライフサイクル論は、「生」と「死」という普遍性を包摂している点です。人生観、死生観、宗教、老年学など文化が濃厚に表出されます。コミュニティの温かさが、人間の本質と普遍性を伴って伝わってくるからです。
人権の概念に支えられた制度的枠組みが必要です。自治体、教育機関・医療機関、市民セクター、商店街や企業、宗教施設や老人施設、NPO・NGOなどあらゆる接触領域に気づき愛があります。
第3に、差別意識とは、実は、自分のこころの奥底に潜んでいます。人は生きている限り、差別意識と無縁ではないからです。誰しもが向き合う「生」と「死」に寄り添ってみましょう。私たちはみんな変わりない存在ではないでしょうか。
【出典:Emer. Prof. Dr. KAWAMURA Chizuko】
Q:多文化共創には、日本社会の「気づき愛」が重要ですか?
A:日本の各地で外国人との共創コミュニティが増えていますが、その内実は知られていません。外国人、日本人問わず、キーパーソンの育成が大切です。多文化共創社会とは、単に支援するだけでなく、自立し責任感を持って社会に貢献する市民との協働が必要です。上の図には、人間のライフサイクルに寄り添った多文化共創の「気づき愛」が描かれています。各ライフステージに多くの「気づき愛」をめぐる課題がありますが、その課題を理解してこそ、格差社会の分断をふせぐことができるのです。
Q:What is Multicultural Synergetic Society?
A:Multicultural Synergetic Society means not simply respecting cultural diversity, but also having coordination and tolerance of all of each other's differences. It means communities where people value human rights and interact lovingly and equally with immigrants, refugees, stateless persons, differently challenged people, fugitives, single-mother families, and LGBTQ individuals as members of our neighborhood and communities.
◎参考文献
川村千鶴子 『多文化都市・新宿の創造』慶応義塾大学出版会2015
川村千鶴子編著 『異文化間介護と多文化共生』明石書店、『移民政策へのアプローチ』明石書店、
『多文化社会の教育課題』明石書店
『多文化「共創」社会入門』慶応義塾大学出版会、『いのちに国境はない』慶応義塾大学出版会
『ライフサイクルに寄り添う多文化共生社会』
→https://www.clair.or.jp/tabunka/portal/general/life_cycle.html
『ともに働く 協働共創の価値~なぜライフサイクルの視座が必要なのか~』
→https://www.clair.or.jp/j/forum/forum/pdf_361/04_sp-edit.pdf
→https://www.clair.or.jp/tabunka/portal/publish/docs/DJweb_55_soc_02.pdf(英訳版)
◎著者プロフィール
川村千鶴子:大東文化大学名誉教授。博士(学術。総合研究大学院大学)。
多文化社会研究会理事長。特定非営利活動法人太平洋協力機構顧問。東アジア経営学会国際連合産業部会。
経歴:大東文化大学環境創造学部教授、異文化間教育学会。国立民族学博物館研究員、日本移民政策学会理事、新宿区多文化共生まちづくり会議部会長、日本島嶼学会理事、日本オーラル・ヒストリー学会理事等を歴任。
~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~
~今月の一句~
梅香る 多文化の道 登りつつ
川村 千鶴子
梅の花は咲き始めたばかり、多文化社会への道はまだ登り始めたばかり、それでも一歩一歩登っていきましょう。梅の香気が励ましてくれています。
==多文化研HAIKU会(問合せ先:多文化研事務局)==
毎回、多文化研HAIKU会のメンバーが時宜に応じて多文化共創にちなんで詠んだ俳句をご紹介します。初心者も外国の方もぜひ、多文化研HAIKU会の扉を開いてください。地球のどこからでも参加できます。Conviviality!が大切。
多文化研のHAIKUは、有季定型(季語がある五七五)はもちろん、無季俳句、自由律俳句、一行詩を含みます。英語訳を付けていただければ、日本語、英語以外の言語でも構いません。季節感は、それぞれの風土によります。
講評:貫 隆夫(武蔵大学名誉教授。元大東文化大学教授。多文化研顧問)
坂内 泰子(神奈川県立国際言語文化アカデミア教授。多文化研理事)
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