コラム

第I部 扉 コミュニティに光を当ててみよう(2021年)

コミュニティに光を当ててみよう ― ともに暮らす外国の人たち

神奈川県立国際言語文化アカデミア教授 坂内泰子

1.covid-19が変えた風景

2020年の春先―出入国管理及び難民認定法の改正から1年余りが過ぎ、特定技能での入国者も増加の兆しを見せ、海外からの観光客誘致も大成功で、オリンピックの開催を目前にした東京は、多くの外国人観光客で賑わっていました。おそらく北海道のスキー場から京都の寺社、あるいは沖縄の浜辺でも、同様の光景が多く見られたでしょう。賑やかな観光客の陰に、90年代から来日していた働く外国人の姿が目立たなくなるほどでした。そこに新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が始まり、2月以降、外国との往来は徐々に制限され、8月末には入国制限は150余の国に及びました。

その結果、街で外国人観光客の姿をすっかり見かけなくなりました。異国での感染を恐れ、外国の人は大量に帰国してしまったのでしょうか。

そんなことはありません。観光客の姿は消えましたが、日本で暮らしつつ、それぞれの人生を歩んでいる外国の人たちは今も同じように住み続けています。静かに日常生活を送っている分、賑やかな観光客と違って、目立たないのかもしれません。働く場所や時間の都合で見かけないだけではないでしょうか。私たちが暮らす身近な地域社会ではどうなのか、少しコミュニティに光を当てて見てみましょう。

2.外国人が集まる場―日本語教室

 コミュニティで暮らす外国人を見つけたいとき、ぴったりの場所があります。日本語教室です。日本語教室はコミュニティ・センターや公民館、社会福祉会館などのような公共施設の一室で、週12時間程度、市民ボランティアによって開かれます。日本語を学びたい人なら、誰でも、いつからでも参加できる教室が大半で、費用もせいぜい実費程度です。日本語学校とは異なり、専門家が決まったカリキュラムに従って指導するのではなく、コミュニティの日本人ボランティアが、相互交流を通じて、外国人の日本語習得を応援している場だと言えるでしょう。

日本語教室には地域性を反映した多様な外国人が集まります。基本的には、平日昼間であれば、日本人の妻となった人や家族の都合で一緒に来日した人が主ですが、失業中の人の参加もまま見られます。夜間や休日の教室には勤労者が多く、定住者や技能実習生、最近ではIT技術者などの参加も増えており、オフィスビルの多い地区であれば、そこで働くビジネスマンもやってきます。ただ、どなたも日本語の勉強よりは仕事が優先で、会議や残業があれば欠席し、失業中に勉強が進んでいても新しい職場が決まれば教室に来なくなることもしばしばです。留学生は本業とアルバイトで忙しく、日本語教室では思いのほか目にしませんが、会話や面接の練習、レポートの添削などを求めて来たりもします。昼間は小中学校で外国語助手として働く若い外国人の先生も日本語教室では学習者です。

3.日本語力と仕事

日本語力がまだ十分でなくても働ける場所は工場です。自動車関連の工場を筆頭に多種多様な工場に外国人労働者がいます。身近なところでは、お弁当工場やクリーニング工場、精肉工場、水産加工工場でも欠かせない存在です。検品をしたり、品物を揃えたりする倉庫でもおおぜいが働いています。

ホテルの裏方を務める人も多いです。「何か見ても私は人に言えないからいいの」と教えてくれた外国人がいました。彼女の働く場所はラブホテルでしたが、のちに早朝のビル清掃に移りました。これも卓上に残されたメモや掲示板の内容が読めない(と思われている)ことなど日本語力のなさが有利に働いたそうです。

ある程度の日本語力があれば、裏方ではなく、接客で働くことができます。居酒屋でもコンビニでも留学生が大活躍ですが、彼らだけではありません。3年間コンビニで働き、今は起業を目標としている外国人に、コンビニで何を学んだかを尋ねたところ、「自分が悪くなくてもまず謝る習慣」という回答でした。二種免許を取得してタクシーの仕事に就いた人も日本語教室出身です。皆、日本語学校に通うゆとりはなくても、コミュニティの日本語教室で学びながら、次のステップに挑みます。

 外国人対象の介護初任者研修を受け、介護現場に入った後、実務経験が受験資格になることを知り、介護福祉士の国家資格を目指す人もいます。調理師や電気工事士の資格を取って現場で働く話も時々聞きます。数年ぶりに日本語教室に顔を出した人が、エステティシャンやリンパマッサージ、ネイリストなどの民間資格を取得して頑張っている話をしてくれたりもします。

実は10年以上、拙宅の庭の手入れをしてくれている植木屋さんも中学生で親とともに来日し紆余曲折の末、植木職人としての独立を果たしました。そのほか、法曹界や医療関係の専門職も少しずつ増えています。

自営業の人も日本語教室にやってきます。「自己紹介はいいから、早く数字の読み方を教えて」と言われたと、あるボランティアは苦笑していました。

日本語教室で日本人と交流しながら、日本語力を高めていき、コミュニティ通訳に登録して経験を積み、数年後に国際交流協会等の仕事をしたり、相談員を勤めたりする人も少なくありません。コミュニティの日本人と外国人をつなぐ彼らの働きは、とても大きいといえましょう。

4.ボランティアのサポート

 日本語教室の市民ボランティアは、コミュニティの外国人の日本語学習を助けるだけでなく、医療や教育をはじめとして、その時々の困りごとの相談を最初に受ける日本人です。学校文書の説明や書類の記入といった小さなことから、家族のトラブル、DV,近所づきあい、出産や入園入学などの生活の節目のお世話、また通院の付添いなどのサポートを通してお互いに強い信頼関係が育っていきます。

 子どもたちのことも忘れてはなりません。外国につながる子どもたちは成長しながら日本語を学びます。覚えたばかりの日本語で、学校の勉強をこなしていかなければなりません。これが大人との大きな違いです。日本語を学び、日本語で新しい知識を得ながら、思考力も養うという日本語力を持つのは容易ではありません。笑顔の裏に子どもたちなりの努力や苦労がありのですが、ここは学習支援という形でボランティアが伴走します。こうした子どもたちこそ共創の担い手なのですから、十分な支援が必要です。

 最後に高齢者のことです。日本の法律では親を呼び寄せることは大変難しいのですが、在留資格のある外国人が日本で年老いていくことは誰にも止められません。中国帰国者はもちろん、インドシナ難民として来た人や日系人として永住している人の中にも、晩年を迎えるかたが増加中です。言葉の壁や文化の壁に阻まれ、孤独な老後を強いられる人も多く、日本になじめないまま暮らす外国人高齢者を、どう支えるかは今後の課題の一つといえます。

5.コミュニティに暮らす外国人の多様性 

以上、コミュニティに暮らす外国人の様相を日本語教室の視点から描いてみました。描き切れなかった場面もたくさんありますが、コミュニティでは日本人同様に外国人も以前同様、日常生活を続けています。新型コロナウイルス感染防止の影響か、停滞感も漂うような多文化共生推進の現場ですが、世界中が同じ感染症に苦しむ状況だからこそ、ともに豊かに暮らせる社会を、そしてさらに新たな発見や創造につながる共創可能な社会を模索していくべきではないでしょうか。

日本語教室の様子.png【日本語教室の様子】

◎著者プロフィール
坂内 泰子:神奈川県立国際言語文化アカデミア教授、多文化社会研究会理事
神奈川県内で、日本語ボランティアの養成や外国籍県民への日本語教育に携わるとともに、公務員への「やさしい日本語」研修に従事。日本語教育学会会員。

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~今月の一句~

雛を折る 覚束なくも 母の指

坂内 泰子

日本語教室では、活動に日本の行事を取り入れることがしばしばです。この日は「ひな祭り」に合わせ、みんなで折り紙のお雛様を作りました。

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