コラム

外国にルーツを持つ子どもの言語環境の現実と展望

外国にルーツを持つ子どもの言語環境の現実と展望

特定非営利活動法人みんなのおうち 代表理事 小林 普子

1.はじめに

2003年にNPO活動を始めた当初の目的は、外国にルーツを持つ(以下「外国ルーツ」という。)親への日本語指導でしたが、2021年現在では、外国ルーツの子どもへの教育問題や、外国ルーツの人たちのビザ、就労・賃金未払いなど労働問題、DV・離婚など家庭問題を含むよろず相談窓口になっています。新宿区役所の外国人相談窓口ではなく当団体に相談に来るのは、気軽に来られて、相談する敷居が低いからだと思われます。
 2000年初頭、日本語を理解できないため、子どもに予防接種を受けさせてあげられない外国人の親がいると知りました。2005年には外国ルーツの中学生がマンションの階段の踊り場から幼児を突き落とす事件もありました。いずれのケースも、外国人の親が日本語を十分理解できないことと、日本人の外国人住民への無理解が一因なのではと考えました。
 そこで、このような課題を解決するために、2005年文化庁の委嘱講座「託児付き親子の日本語教室」を開始しました。大久保小学校の一室を借りて、外国人の親を対象に日本語を教えたのです。講座の初日、受講者から「知り合いの小学生が、日本語ができないせいでいじめられ、不登校気味になっている」と相談を受けました。その子に日本語を教えたことから、外国ルーツの子どもとの関わりが始まりました。
 最初は、日本語を教えれば事足りると考えていましたが、それだけでは終わりませんでした。教科書が読めない、学校の授業が理解できない、親が教育制度を知らない、高校受験について理解していない、入学時の書類が書けない、卒業後の進学や就職についての情報が不足している...。このような教育問題から、在留資格のこと 1 、親からのDVなどの家庭問題まで、次から次へと解決すべき問題に直面しました。結果、よろず相談窓口になりました。
 日本で生きていく限り日本語が必要です。しかし、日本語は言語の中でも習得が難しいと言われ、大人になってから日本語を獲得するのは容易ではありません。私は、日本人と結婚している外国人の母親や、日本人と離婚した外国人のシングルマザーと関わることが多くありますが、彼女らは、仕事をしながら子育てをしていて、日本語を学習する時間はほとんどありません。子どもに寄り添いたい気持ちと現実の間には、大きな乖離があります。

2.外国ルーツの子どもの家庭の言語環境 2

外国ルーツの子どもは世で「ハーフ」と言われる子どもだけではありません。私なりに分類すると、外国ルーツの家庭は、大きく次の3つに分けられます。

A 両親の母語が日本語ではない家庭(両親と子どもともに外国籍)
 親が日本に働きに来て生活が安定した結果、母国から子どもを呼び寄せるケース。子どもの年齢は小学校高学年から中学生のことが多い。子どもが日本で生まれ育つケースもあり、その場合、外国籍であっても子どもの母語は日本語になる。

B 両親のどちらかの母語・母語文化が日本ではない家庭
 日本で生活するうちに日本人と国際結婚し、日本で子どもが生まれ育つケース。子どもは日本国籍、外国人の親の国籍、二重国籍のいずれか。

C 母子ともに母語・母語文化が日本ではない家庭
 日本人男性と外国人女性が国際結婚し、子どもが母親の母国で生まれ育ち、学齢期になり来日するケースや、外国人のシングルマザーが母国に子どもを残して日本で働いているなかで日本人男性と再婚し、母国にいる子どもを呼び寄せるケース。子どもの家庭的背景が複雑で、母語が確立されないことが多い。

家庭内言語が何語かを考えるときは、家族構成を考慮しなければなりません。例えば、父親が日本人、母親が外国人の家庭では、子どもは何語を使うでしょうか。
 子どもが日本で生まれ育つ場合、家庭内言語が日本語だけになる傾向があります。日本人夫と外国人妻の間には、力の不均衡が生じやすいようです。外国人妻は日本文化への同化を求められ、子どもは「日本人」として育てるよう、父親が強いるケースも見られます。すると、日本語を十分に理解できない母親は会話についていけません。成長する子どもとの会話や意思の疎通が十分にできなくなり、母子の間にコミュニケーションギャップができます。場合によっては、日本語のできない母親は、子どもから馬鹿にされたり、うるさがられたりすることもあります。特に子どもが思春期になると親子関係が複雑になり、このコミュニケーションギャップが親子関係を悪化させます。母国との生活習慣の違いや不十分な言語環境で、母親は心細さを感じるでしょう。母子家庭で、子どもが日本語だけを使う場合は、尚更だと思われます。
 学校・幼稚園・保育園の先生が、家庭では日本語だけを使うように指導するケースもあります。もちろん、日本語が早く上達するようにとの配慮からでしょう。しかしその結果、子どもは外国人の親の母語を全く理解できなくなるか、なんとか話せても読み書きはできなくなります。外国人の親は、完璧なバイリンガルになるのは難しくても、コミュニケーションが取れる程度に親の母語を理解できるようになって欲しいと願っているはずです。

3.言語を育てる―学校での言語教育―

日本語を十分に理解していない親が、子どもが論理的に考えられるだけの日本語の語彙を増やすことは困難です。語彙が不足していると、日本語での教科学習には忍耐を要します。小学校での語彙不足が解消されないまま中学校に入学しても、学力がなかなか伸びない結果になりがちです。私が外国ルーツの子どもと関わる中では、日本で生まれ育った子どもでも、言語を体系立てて習得できていなければ、中学1年で来日した子どもよりも学力が伸びにくいということもありました。
 語彙不足の外国ルーツの子どもの多くは、論理的思考が苦手なように見受けられます。例えば、計算はできても連立方程式を立てるのが苦手だったり、自己PR 3 に何を書くべきか分からず、書けなかったりします。思考は言葉で行うので、少ない語彙では思考が育たないのは当然です。心に浮かんだことや考えたことを言葉に置き換えて表現できない、あるいは表現する言葉を知らないのです。更に苦労する課題として、読書感想文があります。日本語で書かれた本を読み、内容を理解し、その感想を原稿用紙5枚に書くのは至難の技です。
 問題なのは、一般的な会話に支障はないので、子ども自身も教師も、語彙が不足していると気づかないということです。勉強ができないのは努力不足のせいだと考えられてしまうので、子どもの近くにいて、とてもたまらない気持ちになります。
 学校においても、日本語で教科を学ぶ外国ルーツの子どもの言語を育てる方法を考えるべきでしょう。語彙が増えない原因は何か、増えた語彙を使いこなすにはどうすれば良いか、子どもを取り巻く教師や親、関係者など、大人が当事者意識を持って考えるべきです。
 中学で学ぶ理科に「地層のでき方」の項があります。下線部は、外国ルーツの子どもが理解に苦しみ読めないと思われるところです。

 流水は、川の上流で削り取った土砂(れきや砂や泥)を下流へ運んでいく(運搬)。下流では流れが緩やかになるので、運ばれてきた土砂堆積して扇形平らな土地(扇状地)や広い平野がつくられる。流水が海や湖に流れ込むところでは、土砂の堆積によって、河口を中心にして三角形の低い土地(三角州)がつくられる。土砂が海や湖に流れ込んだ場合、粒の大きいものほど早く沈むため層の下の方には粒の大きいものが、上の方には粒の小さいものが堆積する。(『理科の世界』大日本図書)

この文章にはイラストや写真が付いています。しかし、写真にあるような場所に行ったことがなく、「扇」を見たことはあっても「扇」という言葉を知らなければ、説明してもイメージをつかめず、このページを全く理解できないことになります。これは体験不足に起因します。
 日本語の語彙を増やすためには、社会的体験を増やすことや、知識を増やす環境が必要です。学校教育では、社会科見学や遠足、宿泊学習など体験を含めた教育を試みていますが、語彙不足の子どもは、そこで言葉を獲得しなければ、その経験を生かすことはできないのです。言語を育てるには、体験から言葉を学び、言葉で思考する習慣を獲得することが重要です。

4.今後に向けて

多くの研究者や教育現場の教師は、取り上げた課題を解決するために悪戦苦闘しています。外国ルーツの子どもを取り巻く全ての大人が、一人ひとりに合わせて教科書を丁寧に音読させながら言葉の意味を説明するなど、子どもが抱える全ての問題に、根気よく付き合ってあげることが必要です。
 日本人が、隣にいる人に心を寄せる優しさや当事者意識を持って外国ルーツの人々と関わることで、違いを認め合い、多様性に富んだ優しい社会へと進化できると考えます。



1 「家族滞在」や「外交」のビザではフルタイムで働けないので、フルタイムで働くためにはビザ変更をしなければなりませんが、ビザ変更のためには正規雇用の内定が要件です。しかし、週28時間までしか働けない在留資格では、日本の中学校と高校を卒業していても、企業はなかなか採用してくれません。ビザ変更の要件に正規雇用の内定がなければならないのが、足枷になっています。

2 「言語環境」とは、言語生活や言語発達にかかわる、文化的、社会的、教育的環境のことです。特に言語形成期・発達期の子どもにとって、学校、家庭、地域社会、新聞・放送などの言語環境が及ぼす影響は大きいといわれます。
 参考:文化庁ホームページ
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/20/tosin03/03.html

3 例えば、都立高校を受験するときは、「自己PRカード」を提出しなければなりません。志望理由や中学校で取り組んできた学習や様々な活動から得たことなど、志望校に最も伝えたいことを記入するもので、面接資料や入学試験の合格判定資料の一部として活用されたり、入学後の個人面談等で使用されたりします。
 参考:東京都教育委員会ホームページ
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/admission/high_school/qa/qa.html

著者プロフィール
小林普子
 特定非営利活動法人みんなのおうち 代表理事
 新宿区で、外国ルーツの子どもを対象とした日本語と教科学習教室「こどもクラブ新宿」、子育てに関する講演、家族の交流支援など、子育て支援や都市コミュニティーの再生を目的とした事業を実施する。平成25年社会貢献支援財団社会貢献者賞受賞。

~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~
~今月の一句~

青嵐(あおあらし) 負けずに進む 和の心

ラビ・マハルジャン

青嵐は新緑の頃(青葉の頃)に吹くやや強い南風のことです。「和の心」というと、和やかさを大事にする日本の伝統がすぐに想起されますが、その一方で、正しいことのためには損得抜きで立ち向かう、武士道や大和魂といった考え方も、同時に受け継がれていることに、ラビさんの句で気づかされました。

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