コラム

母語教育を日本語教育と両輪に

母語教育を日本語教育と両輪に
―ミャンマー語母語教室「シュエガンゴの会」の取り組みから―

早稲田大学国際学術院アジア太平洋研究センター 助教 加藤 丈太郎

1.はじめに

「外国人住民にはどのような教育が必要ですか」と問われたら、何と答えますか。おそらく、最初に浮かぶのは日本語教育ではないでしょうか。日本語教育については既に全国で実践がなされています。一方で、外国人住民の「母語」を守り育てる活動についての議論は発展途上にあります。
 本稿では、ミャンマーにルーツを持つ子ども向けの母語教室「シュエガンゴの会」(東京都豊島区)の例を通じて、外国人住民への母語教育が日本語教育と同様に重要である点を述べます。本稿で母語教育とは「親が話している言葉や、身に着けている文化を子どもに教える教育」とします。筆者はシュエガンゴの会に理事の1人として関わっています。

2.母語教室を日本語教室と両輪で展開

高田馬場駅から歩いて5分ほどのミャンマー料理レストラン「ルビー」を営むチョウチョウソーさん・ヌエヌエチョウさん夫妻は、来日前から教育をライフワークにしてきました。ルビーから歩いてすぐのアパートの一室を借り、難民を中心としたミャンマー人成人向けの日本語教室「Villa Education Center」とミャンマーにルーツを持つ子ども向けの母語教室「シュエガンゴの会」、2つの教室を開いています。
 Villa Education Center は、毎週日曜日に 1) 日本語活動(毎週1つの社会事象についてミャンマー人と日本人が共に話し合う)、2) 日本語教室(日本語能力検定他、資格取得を目指して学ぶ)、3) 生活相談(たとえば、運転免許証の取得手続き)を行っています。一方、今回主に取り上げるシュエガンゴの会では、毎週土曜日にミャンマーにルーツを持つ子どもたちがミャンマー語を学びます。2014年7月から7年活動を続けています。現在は10名近くの子ども(4歳〜小学校高学年)がいます。7年間の軌跡を振り返ることで、全国で母語教室を始めるためのヒントを提供できればと思います。

3.なぜ母語教室なのか

親が家でミャンマー語を話している場合、子どもたちはある程度聞き取ることはできます。しかし、保育園・小学校から日本語で保育・教育を受けるため、日本語が優位となり、ミャンマー語を話すことができない子どももいます。一方、今もミャンマーに暮らす祖父母や親族と会話をするためにはミャンマー語が必要です。
 シュエガンゴの会は言語以外にも、母国・ミャンマーの文化や習慣に触れる機会も創出しています。ミャンマーでは10月に提灯を掲げる「灯祭り」という行事があります。子どもたちはそれぞれが好きなものを提灯に描き、その提灯に明かりをつけて毎年日本から灯祭りをお祝いしています。そして、いつ、どのような習慣がミャンマーにあるかを理解していきます。
 さらに、シュエガンゴの会は子どもたちの「居場所」としての機能を果たしています。保育園・小学校の多くは日本人が多数を占め、ミャンマー人はあまりいません。しかし、母語教室に来れば、「日本で暮らしているミャンマー人」という共通点がある仲間に毎週出会うことができます。保育園や小学校では十分にぶつけることができなかったエネルギーが、母語教室で発揮されている様子に出会うこともあります。

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4.母語教室を7年続けてこられたのは - ミャンマー人と日本人の協働 -

シュエガンゴの会の教師はヌエヌエチョウさん1人からスタートしました。しかし、年齢層が違う、複数の子どもを相手にするには先生が1人では足りません。そこで、ルビーに食事に来ていたミャンマー人留学生の中から、やる気がある人に声をかけて一緒に教師を担ってもらってきました。また、ルビーには日本人客も多く訪れます。ミャンマーへの滞在歴がある日本人もボランティアとして加わり、10名近くの子どもへ対応することができるようになりました。
 シュエガンゴの会はミャンマー人4人と日本人4人の8人で理事会を構成しています。課題に直面する度に話し合いながら運営を続けてきました。たとえば、子どもの親の仕事が忙しくなると、教室への送り迎えが難しくなり、子どもが教室に来られなくなるという課題がありました。そのようなときには、ミャンマー人理事が親と話し合い、通い続けることの重要さを理解してもらいます。月謝が納入されないときには、会計担当の日本人理事が直接月謝の支払いをお願いすることで、納入を実現してきました。

5.軍事クーデーターが起きた今こそ母語教育の継続を

ミャンマーを取り巻く状況は2021年2月1日に軍事クーデーターが起き、大きく変化しました。しかし、子どもたちのルーツがミャンマーにあるという事実は変わりません。シュエガンゴの会の代表であるチョウチョウソーさんは以下のように語ります。

日本の政府もここに生まれた外国の人たちの子どもたちが母語をちゃんと、勉強できるようにサポートして欲しい。その子たちは、日本生まれ、ネイティブなので、今のうちからちゃんとケアしたら、その子たちを使える。ここで生まれたから、日本の宝物。その宝物をちゃんと使えるようにして欲しい。そういうチャンスは日本にある。

ミャンマーは子どもたちが成長する頃にはきっと変化しているはずです。日本で2つの文化を持って生きている子どもたちを、将来の日本社会の「宝物」にしていこうと考えることはできないでしょうか。そのためにこそ、母語教育の継続が必要です。


著者プロフィール
加藤丈太郎
 早稲田大学国際学術院アジア太平洋研究センター助教。NPOでの外国人相談員を経て現職。
 博士(学術)。専門は移民研究、国際労働移動、国際社会学。
 フィールドワークに基づき、移民と暮らしやすい社会を日々考えている。
 著書に『多文化共生 人が変わる、社会を変える』(共著、凡人社、2018)など。

~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~
~今月の一句~

六月に 麦笛の音が 聞こえない

ダニエーレ・レスタ

「六月なのに、故郷のように麦笛の音が聞こえてこないなあ」という思いを、ダニエーレさんは句に込められました。イタリアの六月は梅雨の日本とちがって天気が良く、南部イタリアでは海水浴も始まるとか。地球は(多文化だけでなく)多気候の惑星なのだということを、この俳句から改めて実感します。

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