山脇啓造
2021年2月から6回にわたり開催された出入国在留管理庁の有識者会議が、法務大臣に意見書「共生社会の在り方及び中長期的な課題について」を2021年11月に提出しました。「誰一人取り残さない」SDGsの理念等を踏まえ、目指すべき共生社会のビジョンとして、以下の3つを掲げています。
「これからの日本社会を共につくる一員として外国人が包摂され、全ての人が安全に安心して暮らすことができる社会」、「様々な背景を持つ外国人を含む全ての人が社会に参加し、能力を最大限に発揮できる、多様性に富んだ活力ある社会」、そして「外国人を含め、全ての人がお互いに個人の尊厳と人権を尊重し、差別や偏見なく暮らすことができる社会」です。
また、このような社会を実現するために取り組むべき中長期的な課題として、「円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育等の取組」、「外国人に対する情報発信・外国人向けの相談体制等の強化」、「ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援」及び「共生社会の基盤整備に向けた取組」の4つの重点事項を取り上げ、それぞれについて取組の方向性を取りまとめています。KPI(成果指標)を採り入れた中長期的な行動計画を策定すること、そして5年以内に全ての取組を実現することを政府に求めています。
今回の意見書には、具体的な提言もあれば、そうでない曖昧な表現を用いたものもあります。以下、筆者が具体的な提言として特に重要と考えるものを紹介した上で、弱点も指摘したいと思います。
まず、「円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育等の取組」では、「国の責務において、地方公共団体や企業等との連携の下、日本語教育機関において一定期間無償で学習できる機会を提供」、「国の責務において、地方公共団体や企業等との連携の下、無償で生活オリエンテーションが実施されるよう支援」とあります。これは、ドイツや韓国など諸外国において、国が実施している「統合コース」や「社会統合プログラム」のような施策を想定していると思います。日本語教師の国家資格の創設や日本語学校の質の確保など、日本版統合コースの立ち上げには、クリアしなければならない課題がありますが、目指すべき方向性であることは間違いありません。
次に、「外国人に対する情報発信・外国人向けの相談体制等の強化」では、「提供する情報の基準等を定めたガイドラインを作成」、「国において一元的に通訳を確保し、地方公共団体の窓口を訪れた外国人と職員との間の通訳サービスを提供する体制整備を進める」、「FRESCと同様に複数機関が連携して対応する相談窓口の設置等を検討する」とあります。このガイドラインがやさしい日本語の活用を含めた多言語化に関するものを指しているのであれば評価できます。また、英語や中国語、ポルトガル語以外の希少言語の通訳確保は全国の自治体が苦慮していることであり、そうした通訳を国が確保すれば、自治体への大きな支援となります。また、四谷にあるFRESC(外国人在留支援センター)のような省庁横断的な外国人支援拠点が、名古屋や大阪など各地方の主要都市に置かれれば、各地方の支援体制のレベルアップにつながるでしょう。
3番目の「ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援」では、高齢期の課題を指摘している点やライフステージを移行する「継ぎ目」における支援を強調している点は注目に値しますが、基本的にこれまでの取組を発展させる提言が多いと言えます。
最後に、「共生社会の基盤整備に向けた取組」では、「国として、外国人との共生に係る啓発月間等を設け、全国キャラバン、シンポジウム、作文コンテスト等の参加型イベントを組み入れる」、「生活状況の把握に資する政府統計等について、『外国にルーツを持つ者』も念頭に置きつつ調査項目を見直し、その追加を検討」、「政府統計等に基づき把握・分析した情報を『共生に関する白書(仮称)』として取りまとめる」、「外国人への支援をコーディネートする人材や民間支援団体への情報提供や相談対応等の支援を行う拠点を創設」とあります。いわゆる「外国人支援」に偏らず、受入れ社会に向けた働きかけとして、多文化共生の啓発月間を設けることは重要です。また、国際比較を行い、諸外国の取組から学ぶためにも、外国人住民に関連した統計を整備することは必須といえます。多文化共生施策の進展を定期的にモニターするために多文化共生白書の作成も有効です。今後、多文化共生社会の形成に向けて国や自治体だけでなく、市民団体がより大きな役割を担っていくために、市民団体を支援する拠点を作るのも有益と思われます。
以上のように今回の意見書は、3つのビジョンを掲げるとともに、重要な具体的提言がいくつも含まれ、今後の議論の土台となることは間違いありません。一方、今回の意見書には、以下に述べるような弱点もあり、行動計画を立てる際には、慎重な検討が必要と思われます。
まず、この意見書には上記のような提言を実現するための推進体制への言及がまったくありません。推進体制とは、端的に言えば法律と組織のことです。国と自治体、企業や市民団体などがビジョンを共有し、連携・協働して多文化共生社会の形成に取り組むには、そうした社会の形成を推進する基本法の制定と施策を推進する担当組織が不可欠です。そして、国が司令塔機能を果たす中で、自治体、企業や市民団体などとの適切な役割分担が示されなければなりません。
基本法の制定については、2021年4月に外国人集住都市会議が提言書を出していますし、同年10月には、長野県議会も基本法の制定を求める意見書を全会一致で可決しました。2019年8月にも、指定都市市長会が「共生の概念をはじめ、国・地方自治体・事業者等の役割分担、政策までを包括した、施策実施の根拠となる基本的法律」の整備を求めました。
また、外国人集住都市会議が、上記の提言書で「省庁横断的に国を挙げて多文化共生施策を強力に実行できる組織として『(仮称)外国人庁』を内閣府に設置すること」を求めているように、担当組織のあり方も重要です。現在、入管庁の政策課(外国人施策推進室)が政府全体の関係施策の取りまとめを行うとともに、在留管理支援部に置かれた在留支援課が他府省庁所掌以外の「在留支援」の実施を担っていますが、今回の意見書に示された一連の施策を推進するには十分な体制とは言えないでしょう。当面、入管庁の中で同課の人員と予算を拡充し、在留支援部に格上げするとともに、いずれは「多文化共生庁」として独立した組織を設け、日本版統合コースを所管することが望ましいでしょう。
2019年6月に立憲民主党が多文化共生社会基本法案を衆議院に提出しました。日本語教育推進法(2019年6月施行)のように、超党派の議員立法として、多文化共生社会基本法案が立案されることを期待したいと思います。
次に、具体的な課題ですが、意見書ではライフステージ毎に課題を整理しています。一方、総務省の「地域における多文化共生推進プラン」(2006年策定、2020年改訂)では、「生活支援」のカテゴリーの中で、教育機会、労働環境、災害時対応、医療・保健、子ども・子育て・福祉、住宅確保、感染症対応の分野に分けられています。そうした観点から見ると、意見書では、特に教育や防災、医療、居住等の分野の主要課題への言及が不足しています。例えば、外国人児童生徒教育を担当する教員の資格の問題に触れていませんし、「外国人学校の位置づけ、役割を踏まえた支援に柔軟に取り組む」とは何を指しているのか曖昧です。災害時の多言語での情報発信の課題への言及も不十分です。医療の分野では最も大きな課題である医療通訳の整備、そして外国人差別の中で最も深刻と思われる入居差別の問題にも触れていません。
また、前述の「支援をコーディネートする人材」とはどのようなレベル(都道府県、市町村、地域社会?)でどのようなコーディネートを担当する人材なのかも曖昧です。企業の役割への言及が少ないことも気になります。企業の受入れ環境整備の成果と連動した優遇措置の導入や企業内での日本語学習に必要な経費の財政支援を検討すべきでしょう。
最後に、今回の有識者会議は、委員が僅か6人に過ぎず、その中に外国人委員が1人も含まれていないこと、また女性委員も1人しかいないことは、多様性の観点が重視されるようになったポスト東京2020大会の社会において、意見書の正統性を弱めているかもしれません。今後の行動計画の策定や具体的な施策の実施に向けて、幅広いステークホルダーによって、より多様な観点から議論が深められることを期待しています。
出入国在留管理庁 | 外国人との共生社会の実現のための有識者会議
https://www.moj.go.jp/isa/policies/policies/nyuukokukanri15_00001.html
外国人集住都市会議提言書「コロナ禍における多文化共生社会の実現に向けて」
https://www.shujutoshi.jp/info/210413.html