大阪大学大学院国際公共政策研究科 特任准教授 佐伯 康考
JICA緒方貞子平和開発研究所が2022年2月3日(木)に主催したシンポジウム「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けて~将来の外国人の受け入れに関するシミュレーション(需給推計)と共生の在り方(課題と提言)」では、目標GDP達成に必要な外国人労働者数として2030年に419万人、2040年には674万人という推計結果が示されました 1 。
日本国内の外国人労働者数は2012年の68.2万人から2019年には165.8万人へと大幅な増加が続いていたものの、2020年と2021年には新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入国制限の影響もあり、2021年10月末時点で約172.7万人に留まっています。つまり今回の推計結果は、日本社会は現在の外国人労働者受入人数よりも、あと約10年で約250万人、約20年で約500万人多くの外国人労働者受入が必要ということを意味します 2 (図1参照)。
古川禎久法務大臣は法務省で2022年の年頭所感を述べた際に、技能実習制度と特定技能制度の見直しについて言及し、2022年1月14日の閣議後記者会見では「特定技能制度・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」設置について明らかにしました 3 。家族帯同が可能な「特定技能2号」の職種拡大などの議論が本格化するなど、本年は外国人労働者とその家族の受入について、日本社会全体で議論を深めることが必要不可欠であり、筆者が特に重要と考える外国人労働者に帯同する子どもの教育について論点を提示したいと思います。
「ぞっとしますね......。」日本語指導を必要とする児童が多く通う小学校の校長先生に、家族帯同が可能な「特定技能2号」の職種拡大について質問した際に漏らされた言葉です。お話を伺ったのは2021年夏であり、新聞などで大々的にこの問題が報じられる前のことでした。日本語指導を必要とする児童生徒が急増する中、日本語指導をはじめとする支援体制の拡充を求める声は高まっており、文部科学省も日本語教育についての予算を増加し、加配教員のための予算拡充などの取組を行っていることは事実です。
しかし、学校は日本語指導を必要とする児童生徒への支援以外にも、英語教育、デジタル教育、少人数教育、新型コロナウイルスへの対応など、社会からの様々な要請に追われ、余裕のない職場環境に陥っています。大量退職等に伴う採用者数増加の影響もあり、ピーク時(平成12年度)には12.5倍だった公立小学校教員採用試験の競争率(採用倍率) 6 は年々低下し、令和元年度には2.8倍と3倍を下回りました。
こうした状況に問題意識を持った文部科学省は教職の魅力を伝え、教職希望者を増やすことを目的として2021年3月から「#教師のバトン」プロジェクトを展開しました。しかし、長時間労働や、部活動顧問の負担など、教師の厳しい労働環境を訴える投稿が相次ぎ、学校現場の働き方改革が急務であることが社会に広く周知される皮肉な結果となりました。令和3年度採用選考試験でも競争倍率の低下に歯止めがかからず、2.6倍と過去最低値を更新しています。もちろん教員採用試験の倍率は民間企業等の採用状況等にも影響を受けるため競争率低下だけを問題視することは適切ではないと思いますが、疲弊した教育現場が変わらなければ、日本語指導を必要とする児童生徒たちへのサポートも行き届かない恐れがあります。家族滞在として来日する外国人労働者の子どもを増やす方向で政策決定をするのであれば、疲弊する教育現場の実情を十分に認識し、先生方が余裕を持って来日する子どもたちを迎え入れるだけのサポートを政府として整えることが必要不可欠です。
文部科学省から2022年3月末までには「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」 7 の最新版が公表される見通しですが、本稿執筆時点では平成30年度調査結果までしか公表されていないため、今回は平成30年度調査データを用いて議論を進めます。
平成30年度調査における日本語指導を必要とする外国人児童生徒の都道府県別人数では、愛知県が全国最多の9,100名で全体の22.3%を占めます。以下、神奈川県が4,453名で10.9%、東京都が3,645名で8.9%、静岡県が3,035名で7.4%、大阪府が2,619名で6.4%と続き、上位10都道府県で全体の78.6%を占めています(表1参照)。
都道府県を問わず、子どもがより良いサポートを得られる学区選択は住居選びにおける重要な要素であり、日本語指導を必要とする児童生徒が通う学区も集中する傾向が見られます。例えば愛知県知立市の知立東小学校では、令和3年に在籍する307名の生徒のうち66%の204名が外国人児童となっています 8 。
技能実習制度とは異なり、移動性が高い「特定技能2号」の在留資格で就労する外国人労働者に帯同する児童生徒たちは日本語指導を必要とする児童生徒が多くサポート体制が整っている地域の学校に集中する可能性があります。外国人労働者と帯同家族の受入を拡大するのであれば、実態についての調査を定期的に実施するとともに、その結果を公開し、地域社会の様々な関係者と協働して適切な対策を講じることが政府には求められます 9 。
文部科学省 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成30年度) 7 より筆者作成
2019年4月の改正入管法施行から間もなく3年が経過しようとしていますが、その大半の時間は新型コロナウイルス感染拡大による入国制限が繰り返され、外国人労働者の家族帯同について十分な議論を行える状況ではありませんでした。この原稿を執筆している今もなお、日本の入国制限が解除されることを心待ちにしている人々が海外に大勢います。
出入国管理政策と社会統合政策は車の両輪です。将来的な法改正を視野に入れた議論を行うこと自体は有用ですが、未だ入国制限が続いているような非常事態の中で拙速な政策決定がなされ、さらなる混乱や将来への負の遺産が生じる事態は避けなければなりません。外国人労働者と帯同家族を支えている様々な人々の意見に耳を傾け、持続可能な制度設計がなされることを切に願います。
本研究はJSPS科研費21K13246の助成を受けたものです。
著者プロフィール
佐伯 康考
大阪大学大学院国際公共政策研究科特任准教授。東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室特任助教、大阪大学共創機構特任助教などを経て現職。国際的な人の移動と未来共生社会の構築について研究を行っている。博士(経済学)。著書に『国際的な人の移動の経済学』(明石書店2019)など。移民政策学会常任理事(国際交流委員長)。