コラム

外国人雇用におけるビジネスと人権 -移住労働者の脆弱性に着目して-

外国人雇用におけるビジネスと人権 ―移住労働者の脆弱性に着目して―

弁護士法人Global HR Strategy 代表社員弁護士 杉田昌平

1.はじめに―外国人雇用への期待

日本における外国人雇用への期待は高まっています。この背景には、日本企業の国際化が進み、国籍に関係なく優秀な方を採用したいと考える企業が増えたことや、日本の生産年齢人口が減少するという社会の担い手不足から外国人を雇用する企業が増えたこと等があります。
 外国人雇用への期待は、統計にもあらわれています。厚生労働省が公表する統計 1 によれば、2021年10月末時点では、約173万人の外国人が日本で働いてくれています。この数字は、同統計が始まって以来の最高値です。新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年から国際的な人の往来が制限されていましたが、それでもなお、外国人雇用の数が増加したことは、それだけ、日本社会の外国人雇用に寄せる期待が高いことを示していると思います。

2.外国人雇用における論点―制度に注目すべきか?

このような外国人雇用の増加に伴い、外国人雇用に関する報道等も増加しています。そして、あってはならないことがですが、外国人の人権を侵害するような暴力を伴う事件が発生し、報じられることもあります。
 さて、このような外国人の人権侵害を生じさせるような事件は、なぜ生じるのでしょうか。外国人も日本にいる労働者である以上、労働基準法や最低賃金法、労働安全衛生法といった労働関係法令は日本人と同様に適用されます。日本人と同様に労働関係法令は外国人にも適用されるのにもかかわらず、なぜ、外国人に対する人権侵害は生じるのでしょうか。
 この点について、日本では、技能実習制度のように受入国である日本の固有の制度に注目して考えることが多いように思います。しかし、制度以外に原因はないのでしょうか。
 技能実習制度は、国際的に見ると、在留の上限を設けて移住労働者を受け入れるTemporary Labor Migration Programs (TLMPs)に分類されます。その他に、「特定技能1号」での受入れ制度や、韓国の雇用許可制(Employment Permit System, EPS)についても、同様にTLMPsに分類されます。そして、TLMPsについては、在留の上限を設けることや、一定の転職に対して制限を設けること等の共通した特徴があります 2 。このようなTLMPsという制度グループで見た場合、移住労働者を脆弱な立場に追いやる脆弱性の要因は共通します。
 また、Government to Governmentによる無償斡旋のフレームワークを持つ韓国の雇用許可制においても、技能実習制度で指摘されるような入国前借金の問題が生じていることを指摘する研究があります 3 。このような研究による指摘は、技能実習制度や韓国の雇用許可制の背後の共通する別の入国前借金を生じさせるメカニズムがあることを示唆します。そして、日本であれ他の国であれ、そこで働く移住労働者が借金をしていれば、やはり移住労働者は脆弱な立場に追いやられることになります。
 本稿では、世界の他の制度でも見られる現象であるから技能実習制度や特定技能制度といった固有の制度を肯定したいという趣旨はありません。技能実習制度が原因で人権侵害が生じているのであれば、それは予防され救済されるべきであり、制度も見直すべきです。しかし、個々の人権侵害と原因との因果関係を精査しなければ、制度の改廃を行ったとしても本当に実現したい移住労働者の権利擁護につながらないのではないか、というのが本稿の問題意識です。

3.移住労働者の脆弱性―国境を越えて働くということ

それでは、受入国の制度以外にも人権侵害が生じる原因があるとすればそれは何でしょうか。
 移住労働者が弱い立場に追いやられる原因は、言語、性別、国境を越えて働くこと、非正規労働者であること等様々な要因があります。
 このような、移住労働者が弱い立場に追いやられる原因について、IOMでは、移民の支援・保護に関するハンドブックの中において、脆弱性要因(Determinants Of Migrant Vulnerability (DOMV))による分析モデルの説明を行っています 4
 移住労働者は、特にアジアを中心とした移住仲介機能が介在する国際労働移動においては、①送出国の出身地域でのリクルート、②送出国内で出身地域から都市部への移動、③送出国都市部から受入国への移動、④受入国内での就労・移動、⑤受入国から送出国への移動というプロセスを経ることが多いです。
 この国際労働移動のプロセス全体において、移住労働者の脆弱性要因は存在します。例えば、代表的な移住労働者の脆弱性要因である入国前借金は①から③の間に生じます。ですが、①から③は、主に送出国内の事象であるため、受入国の制度を変更したとしても、当該課題に対しての解決策になるかは疑問です。
 また、移住労働者の脆弱性は、入国前借金のように移住労働者固有の脆弱性と、日本人と共通する脆弱性があります。日本人と共通する脆弱性は、例えば、非正規労働者としての雇用の不安定さ等があります。「定住者」のように、在留期間の更新の上限もなく、勤務先も限定されていない在留資格で労働者の受入れを行った場合でも、派遣労働者のように非正規労働者として働く場合、やはり、脆弱性要因を持つことになります。
 そして、移住労働者は、移住労働者固有の脆弱性要因と日本人と共通する脆弱性要因をもち、この双方の作用により、凄惨な人権侵害が生じるのではないかと思います。
 移住労働者の国際労働移動のプロセスにおける脆弱性要因はできる限り取り除かれるべきで、最小化すべきです。他方で、全ての脆弱性要因を取り除くことは現実的に著しく困難であるとも思います。では、どのようなアプローチがあり得るでしょうか。

4.ビジネスと人権―脆弱性要因と現実とのギャップを埋める

企業活動の国際化により、企業活動が社会や環境に与える影響が強まりました。このような国際情勢を背景に、2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会において承認されています。
 ビジネスと人権の指導原則は、「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」の3つの柱からできています。企業も、企業活動において人権を尊重し、人権侵害を回避し、発生させた人権に対する負の影響に対処することが求められています。
 ビジネスと人権の指導原則は、対象とする人権は国際法ですが、ビジネスと人権の指導原則自体は、いわゆるソフトローです。ビジネスと人権の指導原則は、その形成過程や内容において、ソフトローだから法令遵守の対象ではない、といった整理ができるものではありませんが、ビジネスと人権が持つ、移住労働者に対する意味を考えてみたいと思います。
 移住労働者に関する国際労働移動のプロセス全体において、脆弱性要因が存在するというのは前述のとおりです。
 ですが、この脆弱性要因は、受入国と送出国の法令を遵守しているだけでは、なくなりません。この狭義の意味における法令遵守をしたとしてもなくならない移住労働者の脆弱性に対する対処の指針となるのが、ビジネスと人権だと思います。それぞれの企業が企業活動において、どのように人権を尊重するかは、企業が人権方針(人権ポリシー)を作成し、企業の意思により決定します。この人権方針を作る過程で自社の人権に対するコミットメントの水準が明らかにされていきます。すると、移住労働者の脆弱性についても、受入国と送出国の法令遵守という狭義の法令遵守と自社が達成しようとした人権への取り組みとの間にギャップが生じます。このギャップを埋めていくのがビジネスと人権による取り組みではないでしょうか。
 移住労働者の脆弱性をなくすことはできないかもしれません。ですが、そして、だからこそ、移住労働者の脆弱性を利用しない/利用させないことが重要です。各企業がビジネスと人権の観点から、人権方針を持ち、意思を持ってこの移住労働者の脆弱性への対処をするようになると、移住労働者の課題は一歩前進するのではないかと思います。



参考
1 厚生労働省|「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和3年10月末現在)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23495.html
2 Daniel Costa and Philip Martin' Temporary labor migration programs Governance, migrant worker rights, and recommendations for the U.N. Global Compact for Migration'
https://www.epi.org/publication/temporary-labor-migration-programs-governance-migrant-worker-rights-and-recommendations-for-the-u-n-global-compact-for-migration/
3 加藤真「現地調査からみる韓国・雇用許可制の実態「フロントドア」からの受入れでもみられるブローカー、入国前借金、厳しい労働環境」
https://www.murc.jp/report/rc/policy_rearch/politics/seiken_210514/
4 IOM 'Handbook on Protection and Assistance to Migrants Vulnerable to Violence, Exploitation and Abuse'
https://publications.iom.int/books/iom-handbook-migrants-vulnerable-violence-exploitation-and-abuse


著者プロフィール
杉田昌平
弁護士(東京弁護士会)、入管取次弁護士、社会保険労務士。慶應義塾大学大学院法務研究科特任講師、名古屋大学大学院法学研究科日本法研究教育センター(ベトナム)特任講師、ハノイ法科大学客員研究員、法律事務所勤務等を経て、現在、独立行政法人国際協力機構国際協力専門員(外国人雇用/労働関係法令及び出入国管理関係法令)、慶應義塾大学法務研究科訪問講師。

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