コラム

外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイング:ウクライナ避難民から考える

外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイング
:ウクライナ避難民から考える

明治学院大学社会学部社会福祉学科 教授、Ph.D. 明石留美子

8月からコラム「多文化共創とコミュニティ」の第Ⅲ部が始まります。第Ⅲ部は「グローバルな視座から考えるウクライナ危機とウェルビーイング」をテーマに、8名の研究者や実践家がそれぞれの専門性から、ウクライナ危機や外国に逃れたウクライナ避難民の動向を見守り、異国のコミュニティで暮らす外国人や外国にルーツをもつ人々のウェルビーイングについてメッセージを綴っていきます。
 

ウクライナ避難民に関するデータ

第Ⅲ部ではウクライナに焦点を当てることから、まず、ウクライナ避難民について概観したいと思います。2022年2月24日のロシアによるウクライナへの侵攻開始以降、近隣諸国(ロシア、ポーランド、モルドバ、ルーマニア、スロバキア、ハンガリー、ベラルーシ)に移動したウクライナ人は、2022年7月現在、900万人を超える一方で、ウクライナに留まる国内避難民も600万人以上に上っています(UNHCR, 2022)。ウクライナからの入国者が最も多い国はロシア(160万人)で、次いでポーランド(120万人)です。日本には、2022年7月18日現在、1,565人の避難民が入国していると報告されています(表1)(出入国在留管理庁、2022)。

表1
(出入国在留管理庁、2022年7月17日・18日現在)

日本で暮らすウクライナ人の生活課題

日本で避難生活を始めたウクライナ人はどのような課題を抱えているのでしょうか。メディアによる報道や支援を展開している自治体や団体によると、日本語の壁、就労、子どもの教育、心のケアに加え、身元保証人が存在しないためにビザの取得が難航する、身元保証人がいるために国の生活支援(12歳以上への日額2,400円の生活費および16歳以上への一時金16万円の支給)の対象外になるなどの支援制度の課題も見えてきています。いつ帰国できるのか、いつまで日本に滞在するのかなど、先の見えないウクライナ避難民のウェルビーイングはどのように説明することができるのでしょうか。

ウェルビーイングとは

ウェルビーイングという言葉を目にすることも多いですが、ウェルビーイングはどのような状態を表すのか考えてみたいと思います。ウェルビーイングとは、辞書では幸福、安寧、健康、身体・精神的・社会的に良好な状態、福祉、特に社会福祉が充実し満足できる生活状態にあることなどと説明されています。ウェルビーイング=幸福と考えられることも多いですが、厳密には両者は異なる概念です。WHOはウェルビーイングを「個人や社会が経験しているポジティブな状態を意味し、日々の生活の源で、社会、経済、環境面での状況によって規定される」と説明していますが、このようにウェルビーイングとは多元的な概念であることが研究者間の共通認識となっています。一方、幸福とは、短期的な感情を表す概念であると認識されています。もう一つ理解しておく点として、ウェルビーイングを構成する要素には客観的要素(例:健康状態を示す各種数値)と主観的要素(例:個人の健康感)があるということです。これまでのウェルビーイング研究において多様な個人にも共通する要素が見出されていますが、本稿では、当事者の視点から主観的ウェルビーイングに焦点を当て、日本で暮らす外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイングを検討したいと思います。

欲求階層説から見る主観的ウェルビーイング

ウクライナ避難民をはじめ、日本で暮らす外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイングを、心理学者であるアブラハム・H・マズローの欲求の階層説(表2参照)を用いて整理したいと思います。マズローの欲求階層説は1943年に発表された古典であり、西洋的な価値判断に基づいている、経験的実証に不足するなどの批判はあるものの、現在でも経営学や看護学を含め、様々な研究において言及されており、外国人のウェルビーイングを整理し説明するうえで有用であると考えます。マズローによると、人はまず生理的欲求を追求しそれに満足すると、新たな欲求が出現し、最終的に自己実現を追い求めるとされています。

表2

欲求階層説からウクライナ避難民について考えると、命の危険に晒されていたウクライナの地を離れ日本で支援を受けながら暮らしている状態は、彼らの生理的欲求に応えていると考えられます。しかし、日本語でのコミュニケーションの壁に直面し、仕事に就くこともままならない状況では、彼らの安全の欲求は完全に満たされているとは言えません。多くの自治体、企業、NPOなどが支援を申し出ている一方で、都道府県別に見ると受け入れ人数が10名に満たないところもあり、身元保証人のいない避難民も一定数(2022年7月17日現在127人)存在しているという実態は、所属と愛の希求が難しい状況と考えられるでしょう。また、帰国の目処が立たず、第三国に移動するのか、このまま日本に定住するのかも不透明な現状では、承認や自己実現への欲求を満たすことは困難であると考えられます。
 では、ウクライナ避難民から目を転じ、日本で暮らす外国人や外国にルーツをもつ人々について考えてみたいと思います。筆者は、日本に逃れてきたロヒンギャ女性の生活課題について調査を行ったことがあります。難民または家族滞在として来日し、定住者としての在留資格を得ている彼女たちにとって、マズローが説く生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求は充足されていることは明らかでした。集住している彼女たちはロヒンギャ・コミュニティへの帰属意識が高く相互支援が成り立っていましたが、日本のコミュニティにおいては関係性を構築すべく努力を重ねており、承認の欲求の充足まで辿り着いていないと判断しました。データを分析すると、女性たちの最大の課題は、日本語に不自由はないが外見の異なる子どもたちが、将来、日本の子どもたちと同じように自己実現できるかにありました。「私たちも頑張るので、日本の人たちにも私たちを受け入れる努力をしてほしい」との言葉に、私たち受け入れ側の意識の課題でもあることに気付かされました。

多文化共創には私たち日本人の意識も大切

筆者は、日本の大学生たちの多文化意識を調査してきましたが、外国人や外国にルーツのある子どもたちの教育や教育支援に賛成かを問う質問では、小中学校の義務教育(外国人にとっての義務教育はない)については賛成派の回答が多いものの、高校、大学へと進むにつれ、賛成派は減少することが明らかになりました。外国人や外国にルーツをもつ人々が日本で自己実現していくためには、私たち日本人の意識が大いに影響すると考えます。外国人も外国にルーツをもつ人々も、私たち日本人と同様に、ウェルビーイングを希求しています。自己実現していく機会を、私たちは彼らにも平等に保証しているのかが問われます。日本には、在留資格を得ることが困難なクルド人、タリバンから追われ支援もないまま日本で避難生活を送っているアフガニスタン人もいます。ウクライナ避難民への支援が、他の外国にルーツのある人々への気づきにつながっていくことを願っています。
 
 最後に、第Ⅲ部の構成について紹介して本稿を終えたいと思います。第Ⅲ部では、ウクライナとロシアとの関係性を民族から(荒井幸康氏)、そして先進諸国を含めた国際関係から(藤巻秀樹氏)考え、ウクライナ危機について理解を深めます。続いて、トルコ(伊藤寛了氏)、イギリス(大山彩子氏)、アメリカ(山口美智子氏)、日本のウクライナ避難民に焦点を当て、グローバルな視座から彼らのウェルビーイングを考え、最後にウクライナ危機の動向を見守りながら総括(川村千鶴子氏)していく予定です。インターネット配信の特性をフルに活かして、刻々と変化するウクライナ情勢を注視し、外国のコミュニティで暮らすウクライナ避難民の状況から、日本で暮らす外国人や外国にルーツをもつ人々のウェルビーイング、彼らとの共創社会の実現を祈念して第Ⅲ部が進んでいくことを願っています。
 



参考
1 Kim-Prieto, C., Diener, Ed, Tamir, M., Scollon, C., & Diener, M. (2005) Integrating the diverse definitions of happiness: A time-sequential framework of subjective well-being. Journal of Happiness Studies (2005) 6:261-300

2 出入国在留管理庁(2022)ウクライナ避難民に関する情報
https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/01_00234.html
3 UUNHCR (2022) Operational Data Portal: Ukraine Refugees Situation.
https://data.unhcr.org/en/situations/ukraine
4 World Health Organization (2021) Health Promotion Glossary of Terms 2021. Geneva: World Health Organization.


著者プロフィール
明石留美子
明治学院大学社会学部社会福祉学科教授。専門は国際福祉、多文化共生・多文化共創、女性の就労と子ども、ウェルビーイング。UNICEF、国際協力機構、世界銀行東京事務所に勤務し、リベリアで子どもへの支援、フィリピンで貧困緩和などの国際協力に従事した後、コロンビア大学大学院スクール・オブ・ソーシャルワークに留学し、高齢者福祉と国際福祉を学ぶ。その間、カンボジアのNGOでストリート・チルドレンの支援に携わる。2001年にニューヨーク州修士号レベル・ソーシャルワーカーの免許を取得。Ph.D.(社会福祉学博士)。

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