コラム

第43回 ロードマップと基本法

山脇啓造

ロードマップと体制整備

2022年6月14日に、外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議は「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」を決定しました。同ロードマップは、同会議の下に開催された「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」から関係閣僚会議の共同議長である法務大臣に提出された意見書を踏まえ、日本の目指すべき共生社会のビジョン、その実現に向けて取り組むべき中長期的な課題及び具体的施策等を示す、日本政府にとって初めての5か年計画です。
 このロードマップは、目指すべき「外国人との共生社会」のビジョンとして、「安全・安心な社会」、「多様性に富んだ活力ある社会」、「個人の尊厳と人権を尊重した社会」の3つを掲げ、総合的な観点から中長期的な課題を整理し、その解決に向けた具体的施策を掲げるなど、評価すべき点が多々ありますが、1つ大きな欠点があります。それは、それらの具体的施策に取り組むための体制整備に一切言及していないことです。
 体制整備とは、突き詰めれば、法律と組織のことです。すなわち、多文化共生社会の形成を推進する基本法(以下、多文化共生社会基本法)の制定と多文化共生施策を推進する組織(以下、多文化共生庁)の設置です。実は、担当組織の必要性については、外国人集住都市会議(2001年5月設立)が2002年11月から「省庁間の政策を総合的に調整する組織の早期設置」を要望してきました。また、基本法の意義について、筆者は2002年11月の朝日新聞に「外国人政策―多文化共生へ基本法制定を」と題した寄稿を行いました。
 あれから20年が経ちました。多文化共生社会基本法は制定されていませんが、2018年12月の入管法改定に伴い、2019年4月に出入国在留管理庁(以下、入管庁)が誕生しました。ただし、同庁は名前の通り、出入国管理と在留管理を主要な任務とし、外国人支援や共生社会づくりを担うのは、外国人施策全般の企画立案を行う政策課外国人施策推進室と在留管理支援部の在留支援課に過ぎません。改定された入管法の第1条(目的)には、「出入国管理及び難民認定法は、本邦に入国し、又は本邦から出国する全ての人の出入国及び本邦に在留する全ての外国人の在留の公正な管理を図るとともに、難民の認定手続を整備することを目的とする。」と書かれていて、支援も共生も一切入っていません。

相次ぐ自治体からの提言

多文化共生社会基本法の制定について、ここ数年、自治体の関心が急速に高まりつつあります。まず、これまで、日本の多文化共生施策をリードしてきた外国人集住都市会議が、骨太の方針2018(2018年6月)に「新たな在留資格」の創設が明記されたことを受けて、同年7月に「中長期的な外国人材の受入れ方針の明示及びそのための法律や制度などの環境整備を図ること」を求める「新たな外国人材の受入れについて(意見書)」を内閣官房と法務省に提出しました。同年11月には、政府の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(検討の方向)(案)」(同年7月)等に対し、「新たな外国人材の受入れに係る多文化共生推進について(意見書)」を、同会議座長(当時)の清水聖義太田市長と村山俊明大泉町長が門山宏哲法務大臣政務官へ手渡し、「外国人との共生に関する基本法を制定するとともに、外国人との共生施策を確実に推進していくため、(仮称)外国人庁を設置すること」を求めました。
 次に、2019年8月に、全国20の指定都市からなる指定都市市長会を代表して、鈴木康友浜松市長が菅義偉内閣官房長官(当時)及び山下貴司法務大臣(当時)に対して、「外国人材の受入れ・共生社会実現に向けた指定都市市長会提言」を提出しました。その中で、「共生の概念をはじめ、国・地方自治体・事業者等の役割分担、政策までを包括した、施策実施の根拠となる基本的法律を整備すること」、また、「共生社会の実現に向けては、政府全体の見地から管理することがふさわしい行政事務の円滑な遂行を図ることを任務とする内閣府に、省庁横断的な司令塔機能を持つ組織を設置すること」の検討を求めました。
 一方、2020年7月に、7県1市からなる多文化共生推進協議会が「多文化共生社会の推進に関する提言」を内閣官房他関係省庁に提出し、「全ての外国人が日本社会に適応して生活できるようにするための施策に係る体系的・総合的な基本法を策定すること」を求めました。
 2020年度はコロナ禍の影響で外国人集住都市会議首長会議は中止となりましたが、2021年4月に、同会議座長(当時)の末松則子鈴鹿市長は提言書「コロナ禍における多文化共生社会の実現に向けて」を入管庁の佐々木聖子長官(当時)に提出し、「多文化共生推進基本法の制定」と外国人庁の内閣府への設置を求めました。また、同年6月に横浜市が、「国の制度及び予算に関する提案・要望書」の47 項目の一つに「外国人材の受入れ・共生のための環境整備」を掲げ、「外国人との共生社会の実現に向けた国と地方の責務を明確にするための基本法の整備」を求めました。

長野県からの発信

2021年には、多文化共生社会基本法の制定に関して、注目すべき動きがさらにありました。それは、2021年10月の長野県議会による「多文化共生社会に係る基本法の制定を求める意見書」の全会一致での可決です。長野県では、同年6月にも安曇野市議会が「外国人政策全般の検討による外国人基本法策定を求める意見書」を可決していました。さらに、2022年3月には、松本市議会も「多文化共生に係る基本法の制定を求める意見書」を可決しました。実は、長野県が2020年3月に策定した「長野県多文化共生推進指針2020」にも、国の役割として、「多文化共生に係る基本法を早期に制定し、国を挙げて多文化共生社会の実現に取り組むこと」が明記され、筆者による基本法の意義を解説するコラムも掲載されました。全国の自治体の多文化共生の指針や計画の中で、基本法の制定が言及されたのはおそらく初めてのことだと思います。
 こうした長野県の動きを受けて、今年7月には、松本市のNPO法人中信多文化共生ネットワークと明治大学山脇啓造研究室の共催で、多文化共生社会基本法の制定をテーマにしたオンライン・セミナーを開催しました。外国人集住都市会議と長野県、信濃毎日新聞の後援を得た同セミナーは、鈴木浜松市長のメッセージの紹介と芝山稔松本市議会議長の開催挨拶で始まり、外国人集住都市会議や横浜市の担当者にも登壇していただき、全国から多文化共生に関わる自治体や市民団体関係者、研究者など300名近い参加者を迎えて開催されました。セミナーの最後には、「多文化共生社会の形成に関する基本理念を明らかにするとともに、国、自治体、事業者及び市民団体の多文化共生社会の形成における役割を示し、その連携と協働を推進するため、多文化共生社会基本法の制定を国に求める」長野宣言が採択されました。

自治体以外の動向

自治体以外の関係団体でも多文化共生社会基本法への関心は高まっています。日本弁護士連合会(日弁連)は2018年10月の「新しい外国人労働者受入れ制度を確立し、外国にルーツを持つ人々と共生する社会を構築することを求める宣言」で、「外国人受入れについての基本方針を定める法律(仮称『多文化共生法』)を制定するとともに、これらの施策の実施を所管する省庁(仮称『多文化共生庁』)を設置する」することを国に求めました。
 2019年1月には、経済同友会が提言「持続的成長に資する労働市場改革」を取りまとめ、「幅広い政策、実務を統括する機能を有した、省庁横断的な組織の創設」や「こうした体制整備や外国人材の保護、および社会統合政策の推進にあたっては、外国人材受入れに係る総合的な法律の整備が必要である」と訴えました。同年3月には、「外国人材の受入れに関する円卓会議」(日本国際交流センター)が「在留外国人等基本法」の制定と共生を担う省庁横断的な「外国人庁」の創設を求める提言書を法務省に提出しました。
 2022年1月に、連合総合生活開発研究所の「外国人労働者の受入れのあり方と多文化共生社会の形成に関する調査研究会」が報告書を取りまとめ、多文化共生社会基本法の制定を提唱しました。筆者はその主査を務めました。同年2月に、日本経済団体連合会(経団連)が「2030年に向けた外国人政策のあり方」を取りまとめ、「外国人政策に関する基本理念・基本法の制定」を唱えました。ちなみに、全国の市民団体が参加する移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)は、外国人人権基本法の制定を唱えています。   
 政党では、今のところ立憲民主党の関心が高く、2019年6月、第198回国会に多文化共生社会基本法案を提出し、2022年6月、第208回国会に改めて多文化共生社会基本法案を提出しました。

歴史的決着と基本法

今年7月29日の閣議後記者会見で、古川禎久法務大臣(当時)から、技能実習制度と特定技能制度の見直しにあたって、「今後の日本社会の在り方を展望し、その中で外国人の受入れと共生社会づくりがどうあるべきかを深く考え」、「長年の課題を歴史的決着に導きたい」との発言がありました。今月、内閣改造があり、法務大臣は交代しましたが、「長年の課題を歴史的決着に導く」ような見直しを行うのであれば、多文化共生社会基本法の制定もあわせて検討することを期待しています。



【参考文献】
山脇啓造「外国人政策-多文化共生へ基本法制定を」『朝日新聞』2002年11月6日
外国人集住都市会議「外国人集住都市東京会議における14都市共同アピール」(2002年11月7日)
外国人集住都市会議「新たな外国人材の受入れについて(意見書)」(2018年7月26日)
外国人集住都市会議「新たな外国人材の受入れに係る多文化共生推進について(意見書)」(2018年11月28日)
指定都市市長会「外国人材の受入れ・共生社会実現に向けた指定都市市長会提言」(2019年8月2日)
多文化共生推進協議会「多文化共生社会の推進に関する提言」(2020年8月)
外国人集住都市会議「コロナ禍における多文化共生社会の実現に向けて」(2021年4月8日)
横浜市「国の制度及び予算に関する提案・要望書」(2021年6月)
安曇野市議会「外国人政策全般の検討による外国人基本法策定を求める意見書」(2021年6月22日)
長野県議会「多文化共生社会に係る基本法の制定を求める意見書(案)」(2021年10月1日)
松本市議会「多文化共生に係る基本法の制定を求める意見書」(2022年3月18日)
多文化共生セミナー「なぜ基本法が必要なのか」(2022年7月25日) *「長野宣言」(2022年7月25日)
日本弁護士連合会「新しい外国人労働者受入れ制度を確立し、外国にルーツを持つ人々と共生する社会を構築することを求める宣言」(2018年10月5日)
経済同友会「持続的成長に資する労働市場改革」(2019年1月)
外国人材の受入れに関する円卓会議「『在留外国人基本法』の提言」(2019年3月)
連合総合生活開発研究所「外国人労働者の受入れのあり方と多文化共生社会の形成に関する調査研究会」報告書(2022年1月)
日本経済団体連合会「2030年に向けた外国人政策のあり方」(2022年2月15日)
立憲民主党「多文化共生社会基本法案を提出」(2019年6月14日)
同上「多文化共生社会基本法案」(2022年6月10日)

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