防災を通じた多文化共創のまちづくり -四日市市笹川地区を事例に-
東京大学地域未来社会連携研究機構三重サテライト 特任助教 土田千愛
1.はじめに 近年、幼児、高齢者、外国籍者、身体的にハンディキャップのある人など、地域における様々な「災害時要援護者」の存在とニーズの多様化に配慮した防災の検討が、全国各地で進んでいます。中でも、住民の多国籍化に伴い、やさしい日本語や多言語による情報提供、外国籍者向けの防災セミナーなどが盛んに実施されています。多くの地域が住民の多国籍化や少子高齢化に直面する中、防災において、多様な人々が「共に街をつくる」にはどうすれば良いでしょうか。本稿では、主要な外国人集住地域である、三重県四日市市笹川地区で行われている「みんなの防災セミナー」という取り組みを事例に、ライフサイクル論の中でも「共に街をつくる」という観点から多文化共創に関する理解を深めます。
2.多文化共創とは
日本で展開されてきた多文化共生は、3F(「衣(Fashion)」、「食(Food)」、「祭(Festival)」)に収斂する傾向があり(竹沢 2011)、時にマイノリティに共生を強い(丹野 2005)、厳格な条件に当てはまる場合にのみ、多様性がもてはやされるなど(モーリス=スズキ 2013)、近年、多文化共生に対する批判的考察が積み重ねられています。そのような中で、日本国籍者と外国籍者の二項対立で捉えたり、外国籍者を支援される存在とみなしたりするのではなく、様々な違いを持つ者同士が互いに連携し、「共に街をつくる」ことを重要視する、多文化共創の考え方が登場しました(川村 2018)。多文化共創における「多文化」には、文化的差異だけでなく、国籍、人種、宗教、社会的階級、ジェンダー、年齢、身体的条件など、様々な違いが含まれます。多文化共創社会では、一人一人を異なる個体として尊重し、どのような人にも主体的にまちづくりに参加する機会を提供し、様々な違いを持った人々が互いに協働しながら、どのような人にとっても住みやすいまちを目指します。
3.「みんなの防災セミナー」実施の経緯 1989年の「出入国管理及び難民認定法」改正以降、製造業が盛んな三重県四日市市には、ブラジル、ペルー、ボリビアなど中南米諸国から多くの人が集住するようになりました。昨今は、ネパール、フィリピン、インドネシアなどアジア諸国出身者も増え、住民の多国籍化が進んでいます。四日市市によると、市内には、2023年3月末時点で、70ヶ国から11,178人の外国籍者が暮らしています。これは、市内総人口の約3.6%を占めます。また、外国籍者が市内で最も多い笹川地区には、外国籍者の約13.5%が居住しています。 このような地域性を踏まえ、笹川地区では、かねてより開催してきた「外国人市民向け防災セミナー」を、2016年に「みんなの防災セミナー」と改め、国籍に関係なく、幼児から高齢者まで笹川地区の全住民を対象にしています。四日市市によると、例年の参加者は、外国籍者が約6割、日本国籍者が約4割を占めるそうです。
4.多様な立場の人々の連携と誰一人取り残さないための防災訓練
「みんなの防災セミナー」は、笹川連合自治会の共催のもと、四日市市多文化共生推進室が主催しています。「みんなの防災セミナー」は二部構成であり、これまで、第一部では、四日市市危機管理課など四日市市で防災に従事する職員が講演し、ハザードマップをもとに市指定の避難場所や避難所の確認などを行ってきました。また第二部では、毎年、様々な訓練やワークショップを実施してきました。これまで、笹川地区自主防災委員会、四日市市消防団の四郷分団・サルビア分団(女性消防団)などが協働し、避難所での発電機や段ボールベッド、消火器、簡易トイレなどの使い方、リアカーや担架の組み方、起震車体験、炊き出し訓練、非常食の試食を行いました。年度によっては、笹川連合自治会、四日市市多文化共生サロン
1、四日市市立西笹川中学校の教員といった地域の大人と中学生が協力し合って、グループワークを実施したこともありました。 「みんなの防災セミナー」には、国籍も年齢も多様な住民が集います。そのため、例えば、講演では、外国籍者向けに、やさしい日本語を用いたり、必要に応じて、四日市市立西笹川中学校の通訳担当者が、ポルトガル語やスペイン語で通訳したりします。また、幼児に対し、中学生が段ボールや新聞紙を用いて制作した「防災迷路」で避難の仕方を教えたり、サルビア分団が大型紙芝居を用いて防災に関するお話をしたりしたこともあります。このように自助の観点から、それぞれの状況に応じて、誰一人取り残さないための訓練が展開されています。さらに、グループワークでは、乳幼児がいる家庭の場合、外国籍者がいる家庭の場合、高齢者がいる家庭の場合、ペットがいる家庭の場合など、様々なケースを想定して、非常用持ち出し袋の中身を考えるワークショップを行うなど、共助の視点を学ぶ取り組みもあります。
5.中学生による地域貢献 四日市市立西笹川中学校では、在校生徒の約35%が外国にルーツを持っています。学校全体で「多文化共生教育」に取り組み、教育方針として地域活動への生徒の積極的な参加を促しています。四日市市多文化共生サロンは、2015年に四日市市立西笹川中学校で発足した多文化共生サークル
2を対象に、通年で「地域づくりジュニアサポーター養成講座」を実施し、地域住民が高齢化・多国籍化する中、まちづくりへ参画する若年層が増加するように働きかけています。「みんなの防災セミナー」への関わりは、この養成講座の一環です。多文化共生サークルに所属する生徒たちは、これまで、事前活動として、「防災迷路」の制作やワークショップの準備を行ったり、笹川地区内の幼稚園と保育園を訪問し、保護者や園児を対象に防災について話し、「みんなの防災セミナー」への参加を呼びかけたりしてきました。近年は、新型コロナウイルス感染症の影響で参加人数に制限があるものの、当日は、四日市市立西笹川中学校の多文化共生サークルだけでなく、総合文化部、ソフトテニス部、バスケットボール部、ハンドボール部などに所属する生徒たちも参加し、運営を手伝うこともありました。特に、外国にルーツを持つ生徒は、ポルトガル語などの言語能力を活かし、必要に応じて、外国籍者の受付を手伝ったり、「防災迷路」やワークショップなどで、外国籍の幼児や保護者に外国語で説明したりするなど、臨機応変に対応していました。
6.おわりに 四日市市笹川地区における「みんなの防災セミナー」は、国籍も年齢も多様化している地域の実情を踏まえ、地域、行政、中学校が連携しながら、コミュニティ全体のレジリエンスの向上を図る取り組みです。ここでは、一般的に「災害時要援護者」とされる、外国籍者も幼児も支援されるだけの存在ではありません。誰もが地域の大切な一員であるからこそ、それぞれの主体性を重んじた、様々な取り組みが展開されています。そして、「みんなの防災セミナー」への外国籍者や幼児の参加を促し、一人一人の防災能力を強化する上では、地域の異なる立場の大人はもちろん、中学生も重要な役割を果たしています。 総じて、本事例からは、住民が国籍、年齢ともに多様化しているからこそ、地域の様々な立場の人々が互いに連携しながら、住民の異なるニーズに多角的にアプローチし、コミュニティ全体の防災機能を高める必要があることが分かります。このような意味で、多文化共創のまちづくりと「人間の安全保障」の考え方は密接に関連します。地域住民の「多文化」を広義に捉え、様々な立場の人々がそれぞれの強みを活かし、住民一人一人、そしてコミュニティ全体の能力強化を図ることが、多文化共創のまちづくりには欠かせません。全国各地で地域住民の多様化が進んでいる今、外国人集住地域で培われてきた経験を他の地域でも活かしていくことが大切です。
〈注〉 1) 四日市市多文化共生サロンは、四日市市多文化共生推進室に属し、笹川地区を始め、四日市市における多文化共生の発展に取り組んでいます。
2) 四日市市立西笹川中学校の多文化共生サークルは、部活動や委員会と異なる枠組みであり、地域貢献を目指す生徒が参加しています。
〈参考文献〉 川村千鶴子(2018)「多様性を活力に変え、格差社会の分断を防ぐ多文化共創社会」『多文化社会研究』4: 57-72。
竹沢泰子(2011)「移民研究から多文化共生を考える」日本移民学会編『移民研究と多文化共生』御茶の水書房、1-19。
丹野清人(2005)「なぜ社会統合への意志が必要か」『NIRA政策研究』18(5): 6-10。
モーリス=スズキ,テッサ(2013)『批判的想像力のために―グローバル化時代の日本』平凡社。
〈謝辞〉 本稿執筆にあたり、四日市市多文化共生推進室、四日市市多文化共生サロン、四日市市笹川連合自治会、四日市市立西笹川中学校の皆様にご協力いただきましたことを付記し、深謝いたします。
〈著者プロフィール〉
土田千愛 TSUCHIDA, Chiaki, Ph.D.東京大学地域未来社会連携研究機構三重サテライト特任助教。 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻「人間の安全保障」プログラム博士課程修了。博士号取得。多文化社会研究会理事。専門は、移民・難民研究。主な業績に、「日本の出入国管理政策における政治過程―政治亡命者・インドシナ難民・難民認定申請者―」(博士学位論文、2022年)、『多文化社会の社会教育―公民館・図書館・博物館がつくる「安心の居場所」』(共著、明石書店、2019年)など。