コラム

夜間中学とライフサイクル

関本保孝
 
 夜間中学は戦後、家計を支えるために仕事をしなければならない学齢生徒のために学校関係者等の努力で開設されました。長年、国からの明確な支援を得ることが出来ませんでしたが、関係者による半世紀以上の努力が実り、法的裏付けとなる「義務教育機会確保法」が、ようやく2016年に成立しました。そして、ここ数年来、毎年夜間中学増設が続いています。

1.夜間中学の歴史
 1960年代後半からは、韓国引揚者、1970年代以降は、かつて学ぶ機会が得られなかった成人日本人や在日韓国・朝鮮人、元不登校やひきこもりの若者、中国在留孤児などを受け入れました。その後、1980年代頃からは、難民センターを退所したインドシナ人を受け入れました。2000年代前後以降は、仕事や国際結婚等で来日した外国人や家族等の入学が急激に増えました。また、アジア・アフリカからの難民や脱北者、無戸籍・居所不明の若者も受け入れてきました。
 このように、夜間中学は、戦後の各時代の中で、社会的弱者である義務教育未修了者のかけがえのない学びの場となってきました。

2.多様化する夜間中学生
「第67回全国夜間中学校研究大会発表誌」より全国36校の夜間中学生徒のデータを示しています。
①生徒層別人数:新渡日外国人1058人66.0%、日本人364人22.7%で全体の約9割。約1割を在日韓国・朝鮮人、中国等からの帰国者その他が占めています。
②生徒の出身の国籍・地域:42
③年代別人数:10代310名、20代289名、30代220名、40代236名、50代177名、60代149名、70代142名、80代以上80名
④性別生徒数:男子576名(35.9 %)女子1027(64.1 %)   
 以上のデータより、夜間中学は義務教育未修了者を受け入れる多様性をもつ学校であると言えます。

3.義務教育未修了者の声
『全国への公立夜間中学校開設を目指した人権救済申立の記録』(2008年12月全国 夜間中学校研究会人権救済申立専門委員会)等より義務教育未終了者の困難について以下列記します。
 「病院で受診科がわらない」、「買物で割引が計算できない」、「文字の読み書きが必要ない仕事しかできない」、「文字が書けないので選挙投票できない」、「結婚後中学を卒業していないことがわかり離縁された」、「障がいのため学校に行けず文字も読めず二重の苦しみを背負っている」、「当県では夜間中学がないため中卒認定試験の学習支援をしているが9割以上の外国人が合格できず高校進学を諦めている」等々があげられます。
 以上より学習権は「土台的人権」とも言えます。学習権の保障なくして基本的人権の真の保障はないと考えられます。

4.夜間中学は重要なセーフティーネット
 東京都内の夜間中学8校の2015 年度卒業生を見ると、卒業生127 名の内、73 名(57%)が進学し、その内定時制高校進学は49名、全日制高校進学は20 名です。若者のほとんどが進学しています。また高校卒業後は大学・専門学校等に進学する者や語学を活かす職場に就職する者もいます。このことから夜間中学は重要な「学びのセーフティーネット」となっていると言えます。

5.夜間中学に関連した近年の動向
 2016年12月に国会で「義務教育機会確保法」が成立しました。この法律では「義務教育未修了者の意思を十分に尊重しつつ、年齢・国籍その他の置かれている事情にかかわりなく教育機会が確保されるようにする」、「国・地方公共団体は教育機会確保施策を策定し実施する責務があり、そのための財政措置を講ずるよう努める義務を負う」等が定められ夜間中学に大きな法的裏付けを与えました。   
 2018年度まで全国の夜間中学は「8都府県31校」に止まっていましたが、2019年度からは全国で毎年新設が続き、2023年度には、17都道府県44校になりました。今後の開設予定や開設検討を含めると「31都道府県開設」となることが見込まれます。  夜間中学校と教育を語る会では、全国での夜間中学開設を促進するために、夜間中学記録映画「こんばんはⅡ(2019年37分)」を制作しました。  
 2019年10月から2023年3月までの3年半をかけ、全国の関係者のご協力により「47都道府県での上映会」が実現しました。上映会も一つのきっかけとなり、全国6カ所で自主夜間中学が新設され公立夜間中学開設の力となった自治体もでてきています。

6.夜間中学卒業生の発信が物語るもの
 以下は、墨田区立文花中学校夜間中学卒業生のムサンビャ・アルレア・アーロンさん(コンゴ民主共和国出身)のインタビュー記事です。
 「(前略)夜間中学に入って驚いたことは、普通の学校だと間違えて笑われるんですけど、間違えても誰も笑わなかったことです。(中略)年と国の違う友だちがいっぱいできて、みんな仲良くやってて、僕はまるで家庭に入ったような気がしてた。(中略)  
 日本の生活で、差別じゃないけど僕らの印象がいつも比べられているんだなぁと思うことはあります。例えば電車すいてるのに自分が座ると隣に誰も座ってこない。(中略)夜散歩しているだけで警察に疑われたり怒鳴られることが多い。お父さんが帰って僕らだけが日本に残る。家を探す。15件くらいダメでした。トラブルがあった時の補償金の他に「万が一の通訳のために毎月4,000円」求められる。僕はこんなに日本語喋れるのにです。  
 でも日本にいて良い所もいっぱいあります。(中略)日本人だから日本人が上にならなきゃいけないというのではなくて、外国人だけど今現場監督として日本人に指示したり、上司として見てくれたりします。すごく嬉しいです。日本はそういう所がすごいんです。(後略)」(東京民研『子どもと生きる』2023年3月号より一部抜粋)  以上のインタビュー記事は、夜間中学校の役割の素晴らしさとともに、日本社会の外国人問題での課題を浮きぼりにしていると言えます。  
 夜間中学は、近年ようやく法律と国の明確な認知を得られるようになりました。また、外国人や不登校引きこもりの方が増加傾向にあること、国勢調査で約90万人もの義務教育未終了者がいることがわかる中、多様性を有し全世代の方々にとって貴重な公的教育機関である夜間中学の役割は、ますます大きくなっていると言えます。

【参考資料】
  1. 文部科学省:夜間中学の設置・検討状況一覧(令和5年4月 文部科学省調べ)   
    https://www.mext.go.jp/content/20221121-mext_syoto02-000021383_1.pdf
  2.『全国への公立夜間中学校開設を目指した人権救済申立の記録』2008年12月全国夜間
    中学校研究会人権救済申立専門委員会)
  3.『東京都夜間中学校生徒実態調査』(東京都夜間中学校研究会調査研究部2016年10月1日)
  4.『東京都夜間中学校研究会50周年記念誌』(2011年2月24日東京都夜間中学校研究会)

【関本 保孝(せきもと やすたか)プロフィール】
  1954年3月   神奈川県三浦市生まれ
  1978年3月   中央大学文学部史学科卒業(中学校社会科教員免許取得)
  1978年9月   東京都墨田区立曳舟中学校夜間学級(日本語学級)着任
  2014年3月   東京都墨田区立文花中学校夜間学級(日本語学級)定年退職
            (東京の4校の夜間中学日本語学級で合計35年7ヶ月勤務)
  2023年7月現在 夜間中学校と教育を語る会・事務局員、えんぴつの会学習支援ボラン
            ティアピナット~外国人支援ともだちネット・ボランティア、神奈川
            ・横浜の夜間中学を考える会・事務局員、東京の日本語教育を考える
            会・事務局長、基礎教育保障学会・事務局次長、多文化社会研究会理事
            共著:『いのちに国境はない~多文化共創の実践者たち』(2017年
            2月慶應義 塾大学出版会)他

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