鹿児島県大崎町における多文化共生社会の基盤づくりに向けた取組
万城目 正雄
1 はじめに
出入国在留管理庁によると、今年(2023年)6月末時点で日本に在留する外国人は過去最多の322万3800人となりました。在留資格別では、「永住者」が88万人と最も多く、次に多い「技能実習」が35万8100人。昨年から10.2%の増加となりました。このように中長期にわたって日本に在留し、地域で暮らす外国人が増加しています。
そこで、「多文化共創とコミュニティ」をテーマとする本コラムの2023年10月号では、外国人とともに暮らす地域づくりに乗り出した自治体のなかから、鹿児島県大崎町の多文化共生に向けた取組を紹介したいと思います。
2 外国人に「選ばれる町」を目指して
今回クローズアップする鹿児島県大崎町は、鹿児島県の東南部、大隅半島の東側に位置する人口約12,000人の町です。
海沿いには松林が広がり、ウミガメの産卵地としても知られる大崎海岸は、「白砂青松100選」にも選ばれています。自然豊かで温暖な気候の大崎町は、全国の市町村のなかで農業産出額が16 位(農林水産省「令和3年市町村別農業産出額(推計)」)。農畜産物や水産物の生産が盛んな地域です。
町の基幹産業である農林水産業を支える重要な一翼を担っているのは外国人です。特に技能実習生や特定技能外国人が増加しているといいます。その数は、2022年12月末時点で町に在留する外国人457人のうち、技能実習生が231人(総数の50.5%)、特定技能外国人が160人(同35.0%)を占めています(出入国在留管理庁「在留外国人統計」)。その結果、町の人口に占める外国人の割合は、すでに3.5%(2023年2月時点)にのぼっています。
外国人労働者に対する企業のニーズもあり、町は、今後も、外国人の数が増加すると見込んでいます。具体的には、第3次大崎町総合計画等において、2030年の定住外国人数の目標値を1,000人(目標人口の10%)とする計画を立て、外国人に「大崎町で働きたい」「大崎町に住みたい」といわれる「選ばれる町」を目指した環境整備と多文化共生に向けた施策が進められています。
3 リサイクルが多文化共生のきっかけに
大崎町は、持続可能な地域循環型経済を実現する「大崎リサイクルシステム」を確立した自治体としても知られています。リサイクル率は、全国でトップクラス。「大崎リサイクルシステム」は、JICA(国際協力機構)経由でインドネシアにも輸出されています。これらの実績から、これまで多くの環境活動に関する表彰を受け、2018 年には、SDGs の達成に向けて取り組む先進的な自治体を表彰する「第2回ジャパン SDGs アワード」において副本部長賞(内閣官房長官賞)を受賞。翌年には「SDGs 未来都市」に選定されています。
町の担当者に聞くと、大崎町のリサイクルは、町民で組織される衛生自治会を中心に町全体で取り組まれていますが、技能実習生にとっては、ごみの分別の種類や方法(ごみを27種類に分別)は理解しづらく、ごみ分別の地域活動においても、言語の問題等から住民との間で相互理解が深まりにくい状況にあったといいます。
こうした問題を解決するために、住民の自発的な取組によって、技能実習生の受入企業、警察、消防、行政などを構成メンバーとした「多文化共生環境安全連絡会議」が発足しました。ごみの分別をはじめとするリサイクルの仕組みだけでなく、技能実習生の母国料理を日本人親子とともに楽しむ催しなども行われるようになったといいます。
町の担当者は、大崎町の先進的なリサイクルシステムが、技能実習生をはじめとする在住外国人との多文化共生に向けた取組のきっかけとなったと指摘します。住民が主体となり、それを行政が後押しする形で多文化共生に向けた取組が行われた点が大崎町の特徴といえるでしょう。
4 町による多文化共生のまちづくり促進事業の推進
このように外国人に「選ばれる町」となり、日本人にとっても住みよい町とするためには、町に住む日本人の多文化共生に対する意識が醸成され、外国人との相互理解の促進が図られることが不可欠です。
総人口に占める外国人の割合が高い大崎町では、買い物,ゴミ出し等で外国人と顔を合わせることが日常になり、生活する中で外国人の方が増えてきているという認識が広がっているといいます。それにもかかわらず、技能実習生・特定技能外国人を含め、外国人と住民の交流が限定的なため、語学や生活習慣・文化の相互理解が進まず、同じ住民としてコミュニケーションの機会が少ない状況にあるというのです。そのため、町は、第2期大崎町総合戦略(2020年3月)において、「大崎町の 2020 年の新成人の約2割が技能実習生と、特に 10-20 歳代の人口増加が著しいです。しかしながら,習慣の違い等から、外国人との共生に住民の理解が追いついていない現状があります」と指摘しました。
そこで、町は、2022年度に「情報発信による多文化共生社会の実現に向けた基盤づくりと交流拠点の活性化事業」を実施しました。
具体的には、「在住外国人実態調査」を実施し、町内に定住する外国人、国際的なルーツを持つ方々の中から、出身国、在留資格、職業などの多様性、住民生活への関わり方などを考慮した上で対象者を選び、合計10 回、18名にヒアリングと取材を行いました。そして、その成果を、2023年2月号の町の広報紙(多文化共生特集記事「世界に友達を」)に掲載し、町内の世帯に配布するとともに、コンビニ等にも配置したほか、デジタル PR 冊子「世界に友達を」(A4×17 ページ)を制作したといいます。また、町役場本庁舎の玄関ロビーで、多文化共生展示会「世界に友達を」を実施し、そのオープニングイベントには、ヒアリングの対象者や関係者を招待し,展示会場において交流会を実施しました。
町は事業の成果について「ヒアリングと取材によって、言葉が分からないことや移動手段がないことによる日常の不便さと同等に、もしくは、それ以上に在住外国人が町として初めて「多文化共生」という考え方を全面的に紹介し、「まずは,あいさつから」という分かりやすい結論を示すことで、住民へのメッセージ性を高め、地域に住む日本人と外国人の日常に良い変化をもたらす情報を発信することができた。」と説明しています。
5 おわりに 一般財団法人自治体国際化協会(以下、クレア)では、文化的背景を異にする人々が共生・協働する社会の構築を推進するために、地方公共団体や地域国際化協会等が実施する多文化共生を推進する事業に対し、助成金を交付しています。今回のコラムでご紹介した大崎町による「情報発信による多文化共生社会の実現に向けた基盤づくりと交流拠点の活性化事業」も、クレアの助成を受けて実施されたものです。 大崎町の担当者は、「クレアの助成を受けて取り組んだ事業は、今後、町でさまざまな多文化共生の取り組みを進めていくために必要な住民意識の基礎となると考えており、さらに、本事業において構築された多文化共生のための活動に関わる人々のネットワークを活用し、日本語教室へのニーズ、緊急時の防災マップを作成するなど、産官学での連携も図りながら、住民としての外国人への受け入れ体制整備を図り、多文化共生のまちづくりに取り組んでいきたい」と説明しました。 外国人に対する偏見や排外意識に関する学術研究の成果によれば、外国人との交流経験によって、異なる人種や民族との間で、寛容と社会的連帯が促進されると指摘されています。 いかにして、外国人に「選ばれる町」となり、日本人にとっても住みよい町づくりを行うか、大崎町がクレアの助成を受けて実施した事業は、多様性と包摂性を持った持続可能な地域社会を共に創る「多文化共創社会」に向けた基盤になるものといえるでしょう。その基盤の上に展開されるこれからの大崎町の取組に期待したいと思います。
参考
1 鹿児島県大崎町
https://www.town.kagoshima-osaki.lg.jp/
2 一般財団法人自治体国際化協会|多文化共生のまちづくり促進事業
https://www.clair.or.jp/j/multiculture/kokusai/page_8.html
3 一般財団法人自治体国際化協会|多文化共生事業事例集(大崎町令和4年度助成事業)
https://www.clair.or.jp/j/multiculture/docs/91f01b9e88f7c595efe62e1d3f9369c5.pdf
著者プロフィール
万城目正雄東海大学教養学部人間環境学科教授。専門は国際経済、国際労働移動。著書に『移民・外国人と日本社会』(共著、原書房、2019年)、『インタラクティブゼミナール新しい多文化社会論』(共編著、東海大学出版部、2020年)、『岐路に立つアジア経済-米中対立とコロナ禍への対応(シリーズ検証・アジア経済)』(共著、文眞堂、2021年)等がある。多文化社会研究会専務理事兼事務局長