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共に働く人たちのいま一つの素顔

―出身国側からみた海外労働者派遣をめぐる期待と不安―

                                                                    人見 泰弘

海外から来日する出稼ぎ労働者
 海外から働きに来る外国人労働者がクローズアップされています。農業、漁業、建設業、製造業、介護も含め幅広い業種において、まさに外国人労働者は欠かせない「担い手」になっていると言えるでしょう。ところで、出身国からみると外国人労働者はどのような存在なのでしょうか。ここでは今や日本でも不可欠な労働力となる外国人労働者の存在を、出身国側の動向から考えたいと思います。外国人労働者をめぐっては、日本国内の現状を見聞きすることがあっても、そもそもなぜ彼らが祖国を離れ遠い異国まで働きに来るに至ったか、出身国とどのような関係に置かれるのか知る機会は限られます。このコラムでは、近年来日者数が増加傾向にあるミャンマーからの人の越境移動を事例に、出稼ぎという社会現象を国境を越えた文脈に位置づけて捉えたいと思います。

ミャンマーにおける海外労働者の派遣政策
 2022年末の滞日ミャンマー人は56239人となっています。このうち全体の三割に当たる17034人が技能実習生として滞在しています。技能実習生の規模でみると、ベトナム(176346人)、インドネシア(45919人)、フィリピン(29140人)、中国(28802人)に次ぐ五番目の規模で、事実上多くの出稼ぎ労働者を送り出す国になっています。
 ミャンマー政府による海外労働者派遣は、2011年以降に積極的に進められてきました。ミャンマー労働局による海外労働者派遣実績は、2012年の65千人から2019年には33万人へと増加しました。派遣先はタイとマレーシアが二大目的地ですが、日本はそれに続く三番目の派遣先となっています[人見2022: 197]。
 出身国政府が海外に自国民を労働者として積極的に派遣する背景の一つに、海外労働者による海外送金への期待があります。世界銀行の統計によれば、2019年にミャンマーが受け取った海外送金額は284000万米ドル、それはミャンマーのGDP4.3%を占めるほどの経済規模でした。海外送金は、外国投資や国際援助に並ぶ国家の重要な経済資源の一つであり、これらに比べると海外送金は変動幅が小さく安定的な財源とも言われています。ミャンマー政府は海外ミャンマー人による海外送金を国家経済を支える重要な外貨獲得源と見なし、熱い視線を注いでいるのです。このように国家レベルで大きな影響力を持つ海外送金は、労働者を送り出す家族の観点からみても貴重な経済手段になっています。多くの海外送金は必要な家財の購入、家屋の修繕、家族の医療費や教育費など家庭でのさまざまな消費に充てられます。海外送金は祖国に残る家庭の生活を支える欠かせない収入源であるのです(注1)。

出身国側に残された家族との関係
 海外で働くことは、出身国側からは高い期待をかけられるものです。家族も渡航費を工面するなど海外での出稼ぎが実現するようさまざまな援助を行います。家族から得られた支援に報いることは、出稼ぎに向かった人たちが出身国家族を支えようとする動機ともなります。また日本を含む先進国への出稼ぎは、発展途上国への出稼ぎよりも機会は限られることから、先進国に出稼ぎに出られた人たちは出身国側からは「成功者」と捉えられがちです。成功者としてのプライドを維持するうえでも、出身国への援助が続けられることもあります。海外出稼ぎに出た人々は出身国家族からの期待や義務を背負い、ときにそれが負担となりながらも、一家の大黒柱として残された家族に対する支援を行っているのです。
 ところで、誰かが労働者として海外に働きに出るということは、出身国側では子どもがいる家庭で父親や母親などが不在となる現象が生じるということでもあります。父親や母親、もしくはいずれもが海外に出稼ぎに出てしまうことで、残された家族のなかでは様々な問題が起きてしまうと言われます。とくに親不在の状況で、残された子どもが安定した親子関係を築けずに心理的負担を感じてしまったり、学業に対する動機づけが充分に得られなかったりすることも懸念されています。
 親が海外で働く間も、子どもは成長を続けます。国内で不在となる間も人々のライフサイクルは進み続け、その影響は出身国側の家族でも生じるものです。海外に出稼ぎに出るということは、その間の不在にしている時間を海外出稼ぎ者とその家族がどう埋め合わせるかを考えねばならないことでもあります。受入国日本という視点に立つと出身国側の状況への関心は抜け落ちがちとなりますが、海外出稼ぎが複数国家をまたいで生じる社会現象である以上、出身国側に残る家族への負担と受入国側に暮らす私たちの生活とが連なっていることを理解することが必要ではないかと感じます。

海外からの出稼ぎ労働者を出身国側の視点からも捉える
 このコラムでは、海外からの労働者が日本で働くことをめぐり、出身国側の観点からその背景や影響を考えてきました。一つには海外出稼ぎ労働者による海外送金が、祖国の国家経済を支える柱になっていることを見てきました。また残してきた家族の生活を支える欠かせない収入源でもあることも見えてきました。そして海外で働くことが日常化するなかで、期待や義務に報いるために出身国家族に援助を行ったり、親が不在の家族がみられるときに家族分離に伴う子どもの教育問題も顕在化してきています。日本では外国人労働者でありますが、彼らは祖国では期待を背負う「一家の柱」であり、残してきた子どもの「親」でもあるのです。(注2)。
 海外出稼ぎをめぐり、受入国日本に留まらず、出身国側の動向も同時的に捉えること。日本で捉えられる姿とは別の姿を持つ存在であることがどのように想像できるかで、隣人としての外国人労働者のイメージも変わってくるのではないでしょうか。今後の共生社会を作り上げていくなかで、「労働者」に留まらない「人」としての素顔にも関心を持ちたいと思います。

≪注釈≫
1)出身国政府は海外ミャンマー人に対する包摂や排除をめぐる諸政策を展開しています。詳細は次の論考を参照ください[人見2022]。
2)本稿で論じてきた外国人労働者、国際移民と呼ばれる人々は、受入国側と出身国側のそれぞれからの視線を併せて受け続けています。そのことを捉えることの意義について、次の論考では日本の難民を事例に論じています[人見2023]。

≪付記≫
 本稿は、JSPS科研費JP19K02054JP21K18130JP22K01912の助成を受けたものです。

≪関連文献≫
人見泰弘、2022年「移民出身国と在外自国民――ビルマ(ミャンマー)のディアスポラ政策とその影響」明石純一編『移住労働とディアスポラ政策――国境を越える人の移動をめぐる送出国のパースペクティブ』筑波大学出版会、186-224
人見泰弘、2023年「難民の社会学――日本の難民受入れと今後の展開に向けて」岸政彦・稲葉圭信・丹野清人編『講座 社会学 第3巻 宗教・エスニシティ』岩波書店、215-233

≪執筆者プロフィール≫
 武蔵大学社会学部准教授。専門は国際社会学、移民・難民研究。著書に『難民問題と人権理念の危機国民国家体制の矛盾』(編著、2017年、明石書店)のほか、「移民出身国と在外自国民ビルマ(ミャンマー)のディアスポラ政策とその影響」明石純一編『移住労働とディアスポラ政策国境を越える人の移動をめぐる送出国のパースペクティブ』(2022年、筑波大学出版会)、「難民の社会学日本の難民受入れと今後の展開に向けて」岸政彦・稲葉圭信・丹野清人編『講座 社会学 第3巻 宗教・エスニシティ』(2023年、岩波書店)などがある。特定非営利活動法人名古屋難民支援室及び多文化社会研究会にて理事も務める。

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