コラム

健康格差とライフサイクル 共に老後を支え合う

在日外国人の高齢者と多文化共創

李 錦純

1.在日外国人の人口動向
 2022 年末の在留外国人統計によると、中長期在留の外国人総数は初めて300万人を突破し、過去最高を更新し307万人に達しました。その国籍(地域)は190か国(地域)以上におよびます。2020年3月に世界保健機関(World Health Organization; WHO)が、新型コロナウイルス感染症(Corona Virus Disease ; COVID-19)のパンデミック宣言をしてから3年以上が経過した現在、一時期インバウンドと呼ばれる観光を含めた短期滞在者数は大きく減少したものの、中長期在留者はそれほど減少しなかった現状があります。COVID-19の感染症法上の位置づけが5類相当になり、諸規制緩和が進むにつれて、短期滞在者はもとより中長期在留者の増加も加速しています。
 一方で、65 歳以上の在日外国人総数は約21万人となり、毎年過去最高人数を更新しています(図1)。在日外国人総数に占める65歳以上の高齢者数の割合(高齢化率)は、6.8%となりました。国籍(地域)別人口構成は、「韓国」・「朝鮮」が63.5%と多数を占め、次いで「中国」12.3%、「ブラジル」6.1%と続きます(図2)。かつて、在留外国人の高齢者の80%以上を占めた「韓国」・「朝鮮」籍高齢者は、実数は増加しているものの、「その他」の国籍(地域)の人口増加も含めて相対的な割合が低下し、高齢者も多国籍化の傾向を示しています。
 在留資格別では「永住者」が最も多く、次いで「留学」、「特別永住者」と続きます。在留期間に制限がない「永住者」と「特別永住者」をあわせると115万人に上り、今後もさらなる高齢社会の多文化・多様化の進展が見込まれます。高齢社会の多様化は、医療や介護分野における多様化にもつながります。

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2.在日外国人の高齢者と在宅医療・介護
 2000年4月から、新たな社会保障として介護保険制度が導入されて20年以上が経過しました。在日外国人に対する介護保険制度の適用は、2012年7月9日施行の住民台帳基本法の改正により、適法に3か月を越えて在留する外国人で住所を有する人となりました。在日外国人の高齢者の在留資格、コミュニティ形成過程、歴史的・文化的背景は多岐にわたり、介護保険サービス利用をめぐる諸問題が様々な形で顕在化し深刻化しています。具体的には、意思疎通の困難、生活習慣・価値観の相違、経済的問題、介護保険制度の理解不足、母国語および母国文化への回帰による環境不適応に加えて、在宅看取りにおける宗教や信仰等の問題が複合的に発生し、当事者であるサービス提供者・利用者の相互理解が進まずにトラブルに発展するケースが散見しています。
 在日外国人の高齢者の生活ニーズや介護問題への対応で留意することとして、次のことが挙げられます。
1) 同文化・言語の接触による心の安寧をもたらすこと
2) 介護保険制度の理解を促す持続的工夫を行うこと
3) 多職種連携による共通理解とケアの統一を図ること
4) 言葉だけによらないコミュニケーションツールを工夫すること
5) 通訳対応可能な社会資源の発掘と活用
6) 国外に離れて暮らしている家族・親族との関係性や連絡調整にも配慮すること
7) 特有の文化・宗教観・死生観を尊重すること
8) 弔いや祈りの儀式への理解と配慮を行うこと
 言葉だけによらないコミュニケーションの工夫とは、諸制度や手続き、病状の説明などで、やさしい日本語でゆっくりと話す、イラストを用いる、翻訳アプリの活用などです。ご本人の意向や思いを的確にとらえるため、状況に応じて地域の外国人支援団体やコミュニケーション・サポーター派遣制度等、社会資源を活用することも有効です。
 ご本人にとってのキーパーソンや家族・親族が国外在住の場合もあるので、その関係性を把握し、緊急時の連絡先について抜かりなく対応できるようにする連絡体制を整えておく必要もあります。法事や葬儀等の葬送儀礼には、その国独特の文化や慣習があり、大事にしている信仰や死生観を含めて、早い段階から把握しておくことも必要になります。また、在宅医療・介護には様々な職種が関わっているため、関連職種による緊密な連携・協働が重要となります。
 2022年における日本の年間死亡者数は157万人と毎年増加し、多死社会に突入しています。在日外国人の終末期ケアや看取りケアへの対応も増加すると見込まれます。その支援においては、その国(地域)・民族・宗教により創り出された特有の文化と死生観を尊重した対応が求められます。これからの在宅医療・介護専門職は、人生の最終段階を見据えたACP(Advance Care Planning)の観点も含めて、さらなる異文化対応能力、専門知識、実践力の向上が求められるでしょう。

3.健康格差とライフサイクル―共に老後を支え合う
 20226月、日本政府は、目指すべき共生社会のビジョンとその実現に向けて取り組むべき中長期的な課題および具体的施策等を示す、「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」を策定しました。外国人を含む全ての人が安全に安心して暮らす社会、多様性に富んだ活力ある社会、お互いに個人の尊厳と人権を尊重し、差別や偏見なく暮らす社会をビジョンとして掲げ、重点事項として、ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援、共生社会の基盤整備に向けた取組等を定めています。

 高齢期にある外国人への支援として、多言語による年金制度の周知・広報や介護保険制度の情報提供と発信、ライフステージに共通する取り組みとして、外国人を支援する人材育成や継続的な調査による実態把握により施策に反映させていくことを明示しています。政府が外国人を生活者として明確に打ち出した、グローバル化への画期的なターニングポイントであり、ライフサイクルごとに施策を打ち出し、見過ごされてきた社会問題である外国人の「高齢期」にも言及していることも着目すべき点です。
 高齢社会における多文化「共創」を目指すにあたり、外国人の高齢者は、多様な言語、生活文化、生活歴、家族背景、健康状態、価値観をもつ地域社会の構成員であるという認識の下、その尊厳を守り自立した社会生活が営めるように、まずは顕在化している在宅医療・介護の問題を社会課題として認識し、対策を講じる必要があります。
 健康格差には、生まれる前からの生涯にわたるライフコースや、各ライフステージにおける特有の要因が影響しているといわれています。近年は、介護格差という言葉も聞かれるようになり、地域間格差や経済的格差という観点から論じられています。在日外国人の高齢者の健康格差を考える時、生まれ育った母国からの移住過程における個人の生活経験、時の政策や社会的ネットワークなどの環境要因が長期にわたって蓄積し、現在のライフステージにおける様々な社会的不利を生み出していると思われます。このような不利の蓄積の上に要介護という身体的不利、さらに低年金等による経済的基盤の脆弱性が重なり、利用者本位を謳う介護保険サービスを選択する権利の行使ができない状況に陥りやすくなります。
 老いとともに母国の文化に回帰することは、自身のアイデンティティの再確認であり、基本的ニーズであると考えます。高齢期のライフステージにおいて、低年金等による所得格差、言語の壁や識字の問題およびデジタルデバイドといった情報格差、外国人コミュニティがある地域とない地域の地域間格差がもたらす社会的ネットワークの希薄さが結果として顕在化していますが、これまでのライフコースにおける様々な格差が是正されないまま今日に至り、拡大しているようにも思われます。
 グローバルエイジングという、地球規模で人口高齢化と人口移動が進む中で、日本の在宅医療・介護分野のグローバル化も進展していくと思われます。サービス利用者である在日外国人の高齢者が増加し、近年はケア提供者である介護分野の外国人雇用も増加しており、地域社会では異文化間の医療・看護および介護が展開されています。超高齢社会の日本において、高齢者の保健医療福祉対策の充実は衆目の一致するところですが、その中で見えにくい存在となっているのが在日外国人の高齢者です。
 在日外国人の高齢者は、地域社会を構成する生活者であり、このような健康・介護格差の現状を可視化し、格差是正への取り組みを社会全体で共有し浸透させていくことが、「共に支え合い創りあげていく豊かな老い」であり、その先の「共に分かち合う幸福な老い」につながると考えています。

【参考文献】
法務省, 在留外国人統計(202212月末), 2023.
万城目正雄・川村千鶴子(編著)「新しい多文化社会論:インタラクティブゼミナール:共に拓く共創・協働の時代」, 東海大学出版部, 2020.
李錦純, 日本で暮らす外国人高齢者の介護ニーズへの対応, 社会福祉研究145, 2022.
出入国在留管理庁, 外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ(令和5年度一部変更), 2023.

【著者プロフィール】
関西医科大学看護学部・大学院看護学研究科 教授。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専門領域は在宅看護学、国際看護学。看護師、保健師、介護支援専門員資格取得。看護師として、大学病院および訪問看護ステーション等で臨床経験の後、2010年~看護系大学教員に着任、2022年~現職。多文化社会研究会および国際地域看護研究会のメンバーとして活動。多様な背景をもつ人々が、安心して豊かな老後を過ごせる多文化共生・共創社会を目指して、学際的な協働による地域に密着した活動に取り組んでいる。

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