外国人の円滑な受入れと多文化共生社会づくりの両立を目指して
公益財団法人入管協会
理事 佐々木聖子
我が国に在留する外国人は、2022年末に初めて300万人の大台に乗り、全人口に対する在留外国人数の割合は2.46%即ち人口の40人に一人が外国人という姿になっています(注1)。この割合が、昨年、国立社会保障・人口問題研究所が発表した将来予測で、2070年には10.8%即ち人口の概ね10人に1人が外国人になると予測された時、各種報道は相当ざわついたように、私には感じられました(注2)。
こうした数値は、「働いている外国人を見かけることが多くなった」とか、「社会の中での外国人のプレゼンスが大きくなった」などの「体感」を裏付けるものであるかもしれませんが、現実はこのある意味乾燥した「数」の裏に、外国人の方300万人分の人生があるわけです。日本の人口1億2,000万人分の人生があることも同様ではありますし、「外国人」と括ることが有意味でさらによいことなのか、という疑問は抱きますが、日本社会としてどのようにこの300万人の方に向き合っていくかということを、今後より一層考えていく必要があると思います。
1. 外国人の受入れ政策と多文化共生施策が車の両輪になるまで
戦後の我が国の外国人受入れの歴史は、2000年ごろまでは、特にアジア地域における人の流れが、多く日本に向いていた時代と振り返ることができます。日本が世界に向けた扉の開け方も限定的でしたので、弾けたあとも含めバブル経済に活路を求めた外国人労働者の中には、少なからず不法就労者の姿がありました。
その後、21世紀になり世界的なヒト・モノ・カネ・情報の流動の活発化の中で、日本は外国人を積極的に惹きつける施策を実施するようになっていきます。例えば、ヴィジット・ジャパン・プログラムで外国人観光客を惹きつけ、留学生30万人計画など受入れに数値目標を掲げた計画の実施や、いわゆる高度人材外国人に入管制度上の優遇措置を提供する在留資格「高度専門職」の創設等が行われました。
更に2015年ごろから、それまで受け入れていなかった外国人労働者を受け入れるようにもなってきました。各種特区制度での家事支援人材や農業就労人材の受入れ、オリンピック・パラリンピックのための建築等労働者の受入れ、在留資格「介護」の創設等が実現しました。そして2018年、我が国社会の人手不足分野に外国人の力を借りる新たな政策の実現が準備される中で、多文化共生施策の重要性の認識も高まりました。
この多文化共生施策は、主として、1990年の改正入管法施行後に多く来日したブラジルやペルー国籍の方を主とした日系人が多く住民となった地方自治体で、その取組が先進的に、恐らく実態としては否応なく、推進されてきました。2001年には、そうした自治体が集まって外国人集住都市会議が作られ、情報・意見交換や国に対する提言のとりまとめ等がなされてきました。
その後、2006年に総務省により「多文化共生推進プラン」が作られ、その時点での、多文化共生施策展開の拠り所となりました。特に、そのプラン作成に至る研究会の提言に、多文化共生の理念が「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」と記されたことは、とても先見的で、その精神は今でも生き続けていると、私は思います。
しかしなお、外国人の受入れ政策と多文化共生施策は、政府内における所管の主体が異なっていたこともあって、連動・連結しているものではなかったと振り返らざるを得ません。
そして、そのふたつの課題が合体し車の両輪になったのが、2018年の夏に「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」が設置され(注3)、政府がこのテーマに政府全体で総合的に取り組む体制ができた時でした。前述のとおり、この時期は、いよいよ日本社会・日本経済の維持・発展に、外国人の力を借りるという政策の検討が進んでいる時で、そうであれば今後ますます充実した外国人の受入れ環境を整える必要があるとの認識の高まりが背景にあったと思います。
1990年以来、地方自治体で多文化共生施策の推進に力を注いでこられた外国人集住都市会議メンバーの自治体等の皆様にしてみれば、「20年遅い!」と思われたことと思いますが、その皆様の足跡である先駆的な取組みからも学びながら、内閣官房と法務省入国管理局(後の出入国在留管理庁)を総合調整役として、外国人の円滑な受入れと多文化共生社会の実現のふたつの課題を両輪として、政府一体として前に進む体制ができました。
2. 総合的対応策からロードマップへ、そして「ライフサイクル・ライフステージ」の視点
前述閣僚会議が設置された年の年末、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」が策定されました。これは、前述「多文化共生推進プラン」等を参考にしつつ、地方自治体や多方面の関係者のご意見を聴取し、関係省庁が、受入れと共生社会づくりを両輪とした政策を実現するためには具体的に何をするべきか、という展望を出し合って作成したものです。2018年の第1回版では、生活サービス環境の改善等や円滑なコミュニケーションの実現など126施策でしたが、毎年バージョンアップが重ねられ、最新の2023年版は217施策となっています(注4)。
もとより、政府に体制ができても、施策のメニューができても、施策の実現には、地方自治体や民間各般の団体そして300万人の外国人とその周りの方々の営みが必要なわけですが、そのこととは別に、この総合的対応策というメニュー表には、実はその初めての策定時にないものが二つありました。ひとつは、こういうメニューを実現した先にはどのような社会があるのかというビジョンで、もうひとつは、いつになったらこういうメニューが実現するのかという工程表でした。そこで、前述関係閣僚会議は、「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」を設置し(注5)、同有識者会議において検討が行われました。その検討結果の意見書(注6)の中で、目指すべき外国人との共生社会のビジョン3つと取り組むべき中長期的な課題(重点事項)4つが示されました。3つのビジョンは、①安心・安全な社会、②多様性に富んだ活力ある社会、③個人の尊厳と人権を尊重した社会の3つで、4つの重点事項は、①円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育等の取組、②外国人に対する情報発信・外国人向けの相談体制の強化、③ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援、④共生社会の基盤整備に向けた取組の4つです。ここにおいて、政府の取組みの中に、ライフステージ、ライフサイクルの視点が位置づけられました。
総合的対応策が短期的な課題への対応として毎年改訂されるメニューであるのに対し、ビジョンと重点事項に沿って、そのメニューを政府において編み直し、5年間の中長期的な課題・施策を示したのが「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」です(注7)。その中で、ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援については、「乳幼児期」、「学齢期」、「青壮年期」初期、「青壮年期」、「高齢期」のそれぞれについて、実態調査及びニーズの把握を行い、それらを踏まえた支援策を検討することが重要であるとしています。特に、外国人は、「各々の選択に応じて我が国社会でライフステージを移行しながら生活しているが、就学、進学、就職等、ライフステージを移行する際に課題に直面することが多く、この「継ぎ目」における支援が必要である。」としているところは、今後の施策推進に際して、常に念頭においておくべきことだと思います。
3. 在留資格にとらわれすぎない共生の考え方
例えば、在留資格「定住者」の日系人の方や、日本生まれ日本育ちで在留資格が「永住者」の方などは、ライフステージが変わっても在留資格が変わりませんが、人によっては、学生の時の「留学」、就職して「技術・人文知識・国際業務」、日本人と結婚して「日本人の配偶者等」などと、在留資格が移行します。このことについて、時に外国人の方々を在留資格に投影して考えてしまってはいないかと、自省します。移行するライフステージや在留資格に注目しすぎると「継ぎ目」ができるのであって、ライフステージが変わっても、在留資格が変わっても、一人の生活者の継続した人生があり、それを日本社会が丸ごと包摂しているのだという視点が大事だと思います。
もとより、在留資格ごとに活動に範囲等があり、社会秩序としてのルールが守られることは、上記ビジョンにある通り、多文化共生社会の土台としての「安全・安心な社会」の実現のために必要なことです。それを前提として、外国人の方も、基本的には日本人と同じライフサイクルを経、ライフステージを移行していくのであって、その途上で、言葉の問題であったり情報の到達の問題であったりという外国人特有の困難さについて支援をするという考え方が自然で、外国人のことはまとめて「別話」と考えないように、私は自分の中で心がけています。今後、より語られる場面が多くなっていくでありましょう外国人の高齢化問題についても、問題としては日本人と同様であり、そこにどのような外国人特有の事情があるかについて実態把握等を丁寧に行っていく、という考え方が大切ではないでしょうか。
4. 終わりに
今年度の多文化共生ポータルサイトコラム「多文化共創とコミュニティ」では、ライフサイクルの視座をテーマに、様々な切り口からの論考がありました。今後我が国においてはそれら論考をも貴重な示唆とし、外国人のライフサイクル、ライフステージの移行の問題把握や支援の在り方の検討が行われていくと思います。
但し、そうした施策の方向性や具体策についての見方・考え方には、日本社会の中でもまだまだ様々なご意見があります。様々な分野の方々や様々な活動をされている方々による思索が深められていくことと併せて、分野や立場を超えた情報交換や意見交換が行われていくことを、心から期待しています。
(注1)2023年版「出入国在留管理」(出入国在留管理庁)
(注2)日本の人口2070年に3割減、推計8700万人...外国人は大幅増加 : 読売新聞(yomiuri.co.jp)(https://www.yomiuri.co.jp/national/20230426-OYT1T50141/)
(注3)外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gaikokujinzai/index.html)
(注4)外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(https://www.moj.go.jp/isa/content/001397365.pdf)
(注5)外国人との共生社会の実現のための有識者会議(https://www.moj.go.jp/isa/content/930004986.pdf)
(注6)意見書「共生社会の在り方と中長期的な課題について」(https://www.moj.go.jp/isa/content/001359624.pdf)
(注7)外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ(https://www.moj.go.jp/isa/content/001397443.pdf)
著者プロフィール:
佐々木聖子(ささきしょうこ)
公益財団法人入管協会業務執行理事。昭和60年法務省入国管理局採用、同63年4月研究休職(シンガポール「東南アジア研究所」を拠点に、外国人労働者問題についてフィールドワーク研究)平成2年復職、同31年1月法務省入国管理局長、同年4月出入国在留管理庁(初代)長官、令和4年8月退官、著書に「アジアから吹く風―いま外国人労働者のふるさとは」(朝日新聞社、1991年)。多文化社会研究会。