加藤 丈太郎
●外国人就労者本人の声に耳を傾ける
外国人就労をめぐってよく聞かれるのは、「労働力が足りないから外国人を受け入れるべきだ」(日本人)「賃金が高いから日本で働きたい」(外国人)といった言葉です。外国人就労は、このように労働力不足や母国と日本の賃金の差と結びつけられがちです。しかし、私たちは、実際に国境間を移動している外国人就労者の声にどこまで耳を傾けてきたでしょうか。本稿では、筆者が2017年以降調査を続けているベトナム人に着目して考えます。
●2010年代以降に急増したベトナム人
在留外国人統計によると、2012年末時点のベトナム人の数は52,364人でした。しかし、2023年末時点では、565,026人となり、10倍以上数が伸びています。ベトナムは、2019年6月末に韓国を抜き、現在は、中国に次いで、在留外国人数第2位となっています。この急激な増加は誰によってもたらされたのでしょうか。
表2 各都道府県の在留外国人数にベトナム人が占める割合を挿入
出所:在留外国人統計(2023年6月末)より筆者作成
●ベトナム人技能実習生をめぐる課題
このようにベトナム人数が急増する中で、特に技能実習生をめぐって多くの課題が挙げられています。厚生労働省は技能実習実施者を対象に、2022年に「労働基準関係法令違反が疑われる実習実施者に対して9,829件の監督指導を実施し」ました。「73.7%[ⅲ]に当たる7,247件で同法令違反が認められた」とのことです。違反の内容は、「安全基準」「割増賃金の支払」「健康診断結果についての医師からの意見聴取」などが挙げられています[ⅳ]。
また、出入国在留管理庁は「失踪」者数を公表しています。2022年末時点で、9,006名の総数のうちベトナム人は6,016名と3分の2以上を占めます[ⅴ]。たしかに、ベトナム人技能実習生をめぐる課題が存在しているのを直視する必要があります[ⅵ]。しかし、大半のベトナム人技能実習生が技能実習をやり遂げ、ベトナムに帰国しているのもまた事実です。次の節では筆者が実際にベトナム人元技能実習生から聴きとった声を紹介します。
[ⅲ]ただし、日本人をめぐっても同じくらいの割合で労働基準関係法違反がある点に留意しておく必要があります。
[ⅳ] 厚生労働省「技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況」(令和4年)https://www.mhlw.go.jp/content/11202000/001154731.pdf(2024年5月20日アクセス)
[ⅴ] 出入国在留管理庁「技能実習生の失踪者数の推移(平成25年~令和4年)」https://www.moj.go.jp/isa/content/001362001.pdf(2024年5月20日アクセス)
[ⅵ] 詳しくは、加藤(2022)にて論じています。
マイさんは、ハノイ市郊外の出身で、高校を卒業後、18歳で2017年5月に来日し、2020年12月まで(コロナ禍でのベトナムへの入国制限があったため、7ヶ月帰国が延びました)茨城県内の食品製造工場でブリトー(トルティーヤに具材を巻いた料理)などの加工に従事しました。残業が少なかったとのことですが、マイさんはそれをも前向きに捉えていました。「残業が少ないおかげで私は(時間を)日本語の勉強にあてることができた」と仕事の後も毎日1時間以上日本語を勉強し、日本にいる間に日本語能力検定2級(日本の大学に入学する目安となる級)に合格しました。
ベトナムに帰国後は、ハノイ外国語大学日本語学部に進学し、フリーランスのオンライン日本語教師としても働いています。マイさんの生徒の多くは日本で働いているベトナム人です。「自分の失敗した経験も語ることでリアリティがあって皆さんも共感してもらえ、評判が良くなったんです」と、自身の技能実習経験が日本語指導に役立っている様子を語ります。また、「学費を払いながらでも生計を立てられるくらいには良い」給与が得られています。
「仕事の技術的な部分で学んだことはない」と言います。しかし、「日本人が仕事に入ったらメリハリをきかせて仕事に集中していた姿が印象的で学んだ。『ごめん』や『ありがとう』をすぐに言い合えるという部分は私にとってすごく良いと思いました」と、「仕事の技術的な部分」以外で、学びがあったとのことです。
筆者はインタビューの終盤に、円安がベトナム人の日本への移動に及ぼす影響について尋ねました。すると、以下のような答えが返ってきました。
円安で稼げなくなるから行かないというのは出稼ぎの人だけです。そうじゃなく日本とベトナムの間に生まれる仕事、例えばビジネス関連や工業等、日本の首相がベトナムに何度も訪れるくらいの関係性で良くなっているんです。なので、「日本は魅力的じゃない」、「円安だ」というのは少し極端なことであって、長期的に見れば両国の間に立つことができればいろんな仕事が出来るはずでそこは変わらないです。
マイさんは、技能実習生の頃から、日本語が役立つと信じて将来を見据えて日本語を勉強していました。それは、「両国の間に立」ち、「いろんな仕事」が「出来る」のを目指しているからでした。
技能実習生といえば、高い賃金を求めて日本に働きに来るというのが定説でしたが、その定説は円安で崩れてきています。そこで、マイさん以外の技能実習生にも、賃金以外の価値をどのように日本社会で見出してもらうかが重要になってきます。
●制度が変わろうとする中で
本稿執筆時点(2024年5月)では、国会において技能実習制度を廃止し、「育成就労制度」を創設する入管法改正案が審議されています。育成就労制度では、技能実習制度とは異なり、「人材育成」に加えて、「人材確保」が目指されています。また、同制度での就労期限は3年に設定され、特定技能制度への接続を前提としています。もし、ヒトが育成就労(3年)と特定技能1号で働くと、8年間を日本で過ごすことになります。特定技能制度は、家族の呼び寄せや永住許可申請も可能となる特定技能2号という在留資格も整備していますが、特定技能1号の後にどのくらいの人が特定技能2号に進めるのか、あるいは進みたいのかは現時点では未知数です。20代もしくは30代という輝かしい時期を日本で過ごす人たちに、日本社会は、労働力を補充してもらうという視点を超えて、何を提供できるでしょうか。
著者プロフィール
武庫川女子大学 文学部 英語グローバル学科 グローバル・コミュニケーション専攻 専任講師。博士(学術)。外国人支援NGO/NPOでの実務、早稲田大学国際学術院助教を経て現職。専門は移民研究、国際社会学、多文化共生論。国際開発学会において「移住と開発」研究部会を立ち上げ、代表を務める。著書に『日本の非正規移民―「不法性」はいかにつくられ、維持されるか』(2022年、明石書店)、共編著に『多文化共創社会への33の提言―気づき愛、Global Awareness』(2021年、都政新報社)などがある。