山脇 啓造
韓国と台湾は東アジアの先進国として日本とよく比較される国ですが、外国人政策、特に統合政策(多文化共生政策)に関してはどうでしょうか。三つの国は、合計特殊出生率が極めて低く(日本1.2%、韓国0.7%、台湾0.9%)、少子高齢化が進んでいる点は共通しています。そして、東南アジアからの外国人労働者の受入れに力をいれ、近年、そうした労働者の定住化を促そうとしているところも共通しています。日本、韓国、台湾の総人口は、それぞれ1億2400万人、5200万人、2300万人ですが、外国人人口は341万人、188万人、91万人で、総人口に占める割合は2.7%、3.6%、3.9%となります。
韓国の統合政策の特徴として三つのキーワードを挙げるとすると、「基本法」、「社会統合プログラム」、「多文化家族」といえるでしょう。第一の「基本法」とは在韓外国人処遇基本法のことです。同法の第1章「総則」では、この法律の目的が「在韓外国人に対する処遇などに関する基本的な事項を定めることにより、在韓外国人が大韓民国社会に適応して個人の能力を充分に発揮できるようにし、大韓民国国民と在韓外国人がお互いを理解して尊重する社会環境をつくり、大韓民国の発展と社会統合に貢献すること」と規定しています。第2章「外国人政策の策定及び推進体系」では、法務部長官が5年毎に「外国人政策に関する基本計画」を策定することや、関係省庁がこの基本計画に従って、年度別の施行計画を策定し、自治体も年度別の施行計画を策定しなければならないことが定められています。また、外国人政策に関する審議・調整のために国務総理の下に外国人政策委員会を置くことが定められています。第3章「在韓外国人の処遇」では、在韓外国人の人権擁護や社会適応支援を取り上げ、特に結婚移民者及びその子、永住権者、難民の処遇に言及しています。最後の第4章「国民と在韓外国人と共に生きていく環境の醸成」では、韓国人と外国人が互いの歴史や文化、制度を理解して尊重するための措置をとる努力義務を国と自治体に課し、5月20日を「世界人の日」とし、その日からの一週間を「世界人週間」に定めています 。
第二の「社会統合プログラム」は、1998年にオランダで始まり、2000年代前半に西欧諸国に広がった移民統合プログラムの韓国版です 。在韓外国人処遇基本法の制定によって2009年に始まりました。「移民者の国内生活に必要な韓国語、経済、社会、法律などの基本素養を体系的に習得する」ことをめざした無料のプログラムです 。90日以上在留可能な外国人と帰化して3年未満の国民が受講可能です 。プログラムは全国共通の教科書を用いて実施されます。「韓国語と韓国文化」(415時間)と「韓国社会理解」(100時間)に分かれ、さらに前者は「基礎」から「中級2」までの5段階、後者は「基本」と「深化」の2段階に分かれます。実際にプログラムを運営する機関は全国に400近くあり、自治体の他、大学など民間団体が多いようです。
第三の「多文化家族」は国際結婚の家族を指し、主に韓国人男性と東南アジアや中国出身女性の夫婦と子どもを指すことが多い ようです。韓国独自の政策用語といえます。2008年の多文化家族支援法の制定以来、全国の多文化家族支援センターを通して手厚い支援を行ってきました。通訳・翻訳や情報提供、子どもの教育相談など、多文化家族の韓国社会への早期適応及び社会的・経済的自立支援を図るために様々なプログラムを実施しています。2024年1月現在、全国の244機関が多文化家族の支援に取り組んでいます。
こうして、韓国は2000年代後半以降、国を挙げて外国人住民に対する総合的支援に取り組み、全国どこでも共通のプログラムで均質なサービスを提供していますが、主に二つの課題を指摘することができます。一つは関係省庁の縦割り行政による政策や予算の重複で、特に、「外国人政策」(法務部所管)と「多文化家族政策」(女性家族部)の重複の問題です。こうした課題に対して、2017年以降、地域の支援センターを一元化する多文化移住民プラスセンターが全国各地で運営されています。もう一つは政府の強力なイニシアティブで始まった多文化家族支援策に対して、2010年代前半以降、国民の反発が起きたことです。2012年にフィリピン出身女性のイ・ジャスミン氏が結婚移民として初めて国会議員に選出された時に、インターネット上で彼女に対してネガティブな言説が広がったといいます 。2014年に女性家族部が多文化家族支援センターを健康家庭支援センターと統合し、健康家庭・多文化家族支援センターとする方針を示し、2021年には統合したセンターを家族センターと改称することを決定しました 。こうした方針の背景には、「多文化家族」を優遇しているという国民の反発もあるように思われます。
台湾の統合政策の特徴として三つのキーワードを挙げるとすると、「新住民」、「基金」、「多元文化」といえます。第一の「新住民」は台湾独自の政策用語で、結婚移民として台湾にやってきた主に東南アジア及び中国出身の女性を指しています。台湾では、1990年代以降、国際結婚が増加し、結婚移民の女性たちは当初、「外籍新娘」(外国人花嫁)と呼ばれていましたが、2000年代の本人たちの抗議運動によって、「新移民」と呼ばれるようになり、さらに近年は「新住民」と呼ばれるようになりました。2000年代までは、結婚移民の存在は「社会問題」と政府やメディアに認識されていましたが、2010年代以降、特に蔡英文政権によって新南向政策 が打ち出された2016年以降は台湾と東南アジアをつなぐ「社会資源」とみなされるようになったといいます。
台湾政府は、日本政府の「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」に相当するような外国人支援や共生社会づくりを目指した総合的な政策文書は策定していませんが、省庁全体の新住民政策に関して、新住民照顧服務措施(新住民ケアサービス措置)があります 。8つの重要任務として、生活適応相談、医療生育保健、就業権益の保障、教育文化の向上、子育て支援、安全保護、法制度の改善、民族平等などの啓発を挙げています。新住民政策に関する省庁横断的な組織としては、前述のように、行政院新住民事務協調会報が2015年に設置されています。新住民に対する具体的な取り組みは、2000年以来、移民署が全国の自治体に生活適応輔導班(生活適応クラス)の運営を委託する新住民生活適応輔導計画といえます。
第二の「基金」とは、新住民発展基金のことです 。外国人配偶者を支援するために2005年に内政部に外籍配偶照顧輔導基金(外国人配偶者支援相談基金)が設置され、2016年に現在の名称に変わっている。2005年からの10年間に、政府は毎年3億元、合計で30億元を出資し、2016年からは10億元(約48億円)を維持しています。2022年度は220件の補助金が支給され、総額は約3億8千万元(約18億円)でした 。助成対象となるのは、国や自治体そして民間団体で、新住民発展基金管理会が申請を受け付け、助成対象を決定します。管理会の委員は二年毎に交代しており、内政部部長(大臣)他省庁代表、自治体代表、学者・専門家、新住民及び関係民間団体からなります。対象事業は、新住民に対する様々な支援に加え、入国前の支援や自治体の新住民家庭服務センターに対する補助、「多元文化」概念の推進や広報などが含まれています。また、毎年新住民に関する複数の調査研究に助成していることも興味深いといえます。
第三の「多元文化」は、多様な文化を指しています。台湾では、1987年に戒厳令が解除され、翌1988年の李登輝政権の誕生によって民主化が進展する中で、「国語」以外の「本土語」(閩南語や客家語、原住民族の言語)への関心が高まりました。また、1996年に行政院に原住民委員会(2002年に原住民族委員会に改称)が設置され、1997年には憲法の追加修正条文第10条に「國家肯定多元文化、並積極維護發展原住民族語言及文化」(国家は多元文化を肯定し、原住民族の言語及び文化を積極的に擁護し発展させる)ことが明記されました。2001年に客家委員会も設置され、原住民族基本法(2005年)と客家基本法(2010年)が制定された後、原住民族語言発展法(2017年)と改訂客家基本法(2018年)によって、原住民族の諸言語と客家語が国家言語に位置づけられました。そして、2019年の国家語言発展法の目的は、「尊重國家多元文化之精神,促進國家語言 之傳承、復振及發展」(国家の多元文化の精神を尊重し、国家言語の伝承、復興、発展を促進する)ことであると明記されました 。さらに、同年に制定された文化基本法でも、国家が「多元文化」を認めることを基本理念に掲げています 。
こうして「多元文化」の理念が定着する中で、新住民の言語や文化を尊重する政策が推進されてきたと言えます。日本との対比で際立つのが、新住民の子どもたちの母語教育の重視です。教育部が2004年に策定した「外籍及大陸配偶子女教育輔導計畫(外国籍及び大陸配偶者子女教育指導計画)」に、すでに新住民とその子どもが自らの文化や言語を学ぶ機会の提供が含まれていましたが、2012年から2014年にかけて、内政部は教育部と協力して「全国新住民火炬(トーチ)計画」を実施し、全国の新住民の子どもの多い小学校(新住民の子どもが100人以上を占める学校や新住民の子どもの割合が10分の1 を占める学校)を重点校に指定し、早朝の自習時間や放課後における母語学習を推進しました 。さらに、2014年に発表され、2019年から始まった新カリキュラムの「語文」領域には、「国語文」に加え、「本土語文」(原住民族語、客家語、閩南語)、「新住民語文(東南アジア言語)」、「英語文」が含まれることになりました 。
台湾の統合政策の課題は、これまでの歴史的経緯もあり、政策の対象として「新住民」すなわち結婚移民に重点を置いていることでしょう。その点は、同じく結婚移民に関わる課題を抱えた韓国の政策と比較するとより明らかになります。前述のように、韓国では、統合政策の根拠法を制定し、すべての外国人を対象とした社会統合プログラムを実施しています。また、台湾では外国人材受入れ政策と統合政策の関連が弱いように思われます。統合政策が遅れている日本でも、2018年の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」策定以来、受入れ政策と共生政策は車の両輪であるという理解は定着しつつあります。台湾も現在、定住を想定した外国人材の受入れに舵を切ろうとしているので、受入れ政策と統合政策を関連づけると同時に統合政策を外国人住民全般を対象とした政策に発展させていくべきといえるでしょう。
*筆者は日本台湾交流協会の日台知的交流事業の一環として2021~2023年度に行われた共同研究に参加しました。この記事はその最終報告書(2024年3月)の筆者が担当した第一章から抜粋したものです。実は、2024年8月12日に台湾では新住民基本法が公布されました。「新住民」の定義の見直しが行われるようです。台湾の統合政策に大きな変化が起こるかもしれません。