外国人雇用と地域社会
―高知県国際交流協会によるICTを活用したオンライン日本語教室の取組み―
東海大学教養学部人間環境学科教授 万城目正雄
はじめに
日本で雇用される外国人労働者は過去10年で大幅に増加し、2023年に初めて200万人を超え、2024年には230万人に達しました(厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況」、毎年10月末時点)。
人手不足を背景に外国人労働者が急増するなか、受け入れた外国人労働者の日本での生活と就労をサポートするため、日本語教育に力を入れる官民の取り組みが各地で進められています。今回のコラムでは、公益財団法人高知県国際交流協会(KIA)によるICTを活用したオンライン日本語教室の取り組みを紹介します。
外国人労働者の増加と高まる日本語教育への支援
今回クローズアップする高知県でも在留外国人が増加しており、2013年末の3,428人から2023年末には6,129人となりました。特にベトナムやインドネシアなどの東南アジア諸国から来日した技能実習生や特定技能外国人が増えています。高知市に県内在留外国人の約3分の1が在住していますが、須崎市、土佐市、黒潮町や芸西村など、高知市以外の市町村でも在留外国人の増加がみられます(出入国在留管理庁「在留外国人統計」)。この背景には、農業や漁業、製造業(飲食料品製造業等)などが盛んな地域で外国人労働者が受け入れられ、地域の産業に貢献しているという構図があるというのです。
その一方で、高知県内の事業所では、「日本語でのコミュニケーションがとりづらい」、「日常生活を送ることができる程度の日本語の習得ができていない」という課題があり、外国人労働者に対する日本語教育の支援ニーズが高まっています(「令和5年度高知県外国人雇用実態調査」)。
オンライン日本語教室への挑戦
公益財団法人高知県国際交流協会(KIA)の担当者によると、高知県では、1990年代から約30年にわたり、民間のボランティアが主体となって地域日本語教室を開講してきた経緯があるといいます。日本語教室は、外国人が単に日本語を学習するだけでなく、地域のことを学び、地域住民との交流を通じて相互理解を促す場としての役割も果たしてきたというのです。
それゆえに、外国人がアクセスしやすい身近な場所に日本語教室を開設することが必要となるのですが、高知県内で日本語教室が開講されているのは14か所(12市町村)。日本語教室スタートアップ支援が行われているものの、現状では、全34市町村のうち、およそ3分の2が、日本語教室がない地域(日本語教室空白地域)であるといいます。
このような課題を抱えるなか、2020年に新型コロナウイルスのパンデミックが発生しました。KIAにおいても、長年にわたり実施してきた対面形式による日本語教室が開講できないという事態となりました。そこで、KIAは対面形式による日本語教室への参加が難しい状況となった県内の在留外国人に加え、日本語教室空白地域に在住する外国人も対象としたオンライン日本語教室の開設に挑戦したのです。
オンライン日本語教室の実践と課題
それではKIAのオンライン日本語教室はどのように実施されているのでしょうか。KIAのオンライン日本語教室は、生活や仕事に必要な日本語を学ぶことを目的としており、日本語能力試験(JLPT)のN5レベル相当の入門クラスとN4レベル相当の初級クラスが用意されています。受講者は自分の都合に合わせて以下のクラスを選ぶことができるようになっています。
月曜日: 13:30~15:00 初級クラス(JLPT N4レベル相当)
水曜日: 19:00~20:30 入門クラス(JLPT N5レベル相当)
木曜日: 19:00~20:30初級クラス(JLPT N4レベル相当)
受講料は無料で、参加条件は、高知県に住んでいること、ひらがなとカタカナが読めること、インターネットに接続できる環境があること、そしてPCやタブレットでZoomアプリを使用できることが求められます。
教材は、国際交流基金が提供する「いろどり」を使用します。無償でダウンロードすることが可能で、生活に密着した内容であることが特徴です。教室では、日常生活や仕事で使える日本語の基礎から始まり、徐々にレベルアップする学習プログラムが用意されています。
オンライン日本語教室は、ボランティア団体である高知日本語サロンや高知県外国人漁業研修センターの日本語講師に依頼して運営し、2023年度は前期に計8市町に在住する30名、後期は8市町村に在住する41名が受講登録し、実施したといいます。
受講者からは、「自分のペースで学べるので助かる」「仕事の合間に参加できるので便利」といった声が寄せられているといいます。筆者も、実際に、オンライン日本語教室にアクセスし、授業参観を行いましたが、少人数の受講生により運営される教室では、リラックスした雰囲気のなかで、教師が発話を促しながら日本語教育が行われていました。受講生たちは、オンライン日本語教室受講のメリットとして、忙しい仕事の中でも、教室に通うことなく、自宅から気軽にアクセスできることをあげていました。
食品製造会社からは、日本語教室に通ったことにより、自社の技能実習生の日本語が上手になり、しっかりと作業指示が本人に届くようになったためか、仕事の効率が良くなったと感じているという声がKIAに届いているといいます。
その一方で、オンライン教室は、教育効果を考慮し、受講者を10~12名に絞って運営しています。そのため、技能実習生・特定技能外国人をはじめとする外国人労働者の受講者は、1事業所につき2名までに制限されているのです。
日本語のコミュニケーションをめぐる問題は、外国人労働者に限られたものではありません。例えば、外国人の母親が、自分の子供の通う小学校からの通知文を読んで理解することができないという相談が寄せられるなど、県内に在留する外国人が増加するなか、多様な日本語学習ニーズに応えるための体制整備が急務になっています。
今後の展望
一般財団法人自治体国際化協会(以下、クレア)は、「多文化共生のまちづくり促進事業」を実施しています。文化的背景を異にする人々が共生・協働する社会の構築を推進するために、地方公共団体や地域国際化協会等が実施する多文化共生を推進する事業に対し、助成金を交付する事業です。今回のコラムで紹介したKIAによる「空白地域へのオンライン日本語教室開催」は、クレアの助成を受けて実施されたものです。
KIAのオンライン日本語教室は、ICTを活用することで、忙しい日常生活を送る外国人に、気軽に日本語学習の場にアクセスできる環境を提供していますが、それだけでなく、高知県で生活するうえで必要な知識を学ぶための学習会や地域住民との交流の機会が用意されていることも特徴です。例えば、公共施設(図書館等)の利用学習会、防災学習会、県内大学の日本語教員養成プログラムの教育実習生の受け入れ、KIA登録ボランティアを交えた地域との交流会が行われているのです。しかし、担当者は、地域住民と受講者とのネットワークづくりは、対面に比べるとオンラインは難しいと感じているといいます。
政府は、「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」(2020年6月23日閣議決定)において、日本語教室空白地域に住む外国人のために、生活場面に応じた日本語学習教材(ICT教材)の開発と提供を行うこととしています。KIAにおいても、ICTを活用した新しい学習方法の導入や地域住民や受講者同士の交流を促進するためのイベントを開催するなど、新たな展開が進められることが期待されます。
おわりに
高知県の在留外国人は、新型コロナウイルスのパンデミック後に一段と増加し、留学生や技能実習生のみならず、専門的・技術的分野の外国人材として働く外国人が増える傾向も示しています。KIAの担当者は、オンライン・対面の日本語教室に加え、eラーニングを活用するほか、「やさしい日本語」の普及活動を通じて、より多くの外国人が高知県での生活をスムーズに送れるよう支援する予定であると説明しました。長年の実績をもとに、これからも、日本語教育支援を通じて、高知県に在住する多くの外国人が地域での生活と就労をより豊かにするためのサポートを続けていくことでしょう。KIAの今後の取組みに期待したいと思います。
参考文献
出入国在留管理庁「在留外国人統計」
https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html
厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」(毎年10月末時点)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/gaikokujin/gaikokujin-koyou/06.html
高知県「令和5年度 高知県外国人雇用実態調査報告書 (概要版)」令和5年12月https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2024042300025/file_contents/file_20244125105159_1.pdf
高知県労働局「『外国人雇用状況』の届出状況」(毎年10月末時点)
https://jsite.mhlw.go.jp/kochi-roudoukyoku/newpage_00238.html
著者プロフィール
万城目正雄
東海大学教養学部人間環境学科教授。専門は、国際労働移動、国際経済。著書に『移民・外国人と日本社会』(共著、原書房、2019年)、『インタラクティブゼミナール新しい多文化社会論』(共編著、東海大学出版部、2020年)、『岐路に立つアジア経済-米中対立とコロナ禍への対応(シリーズ検証・アジア経済)』(共著、文眞堂、2021年)等がある。多文化社会研究会では専務理事・事務局長を務める。